朝、妻が髪を結ぶ時に指が三本しかないことに気づいた。

「ねえ、何かあった?」「あ、昨日爪切ったら少し深く入りすぎたよ」と笑いながら見せた爪は確かに五本あった。ただ、手首から先の見た目は明らかに三本の指しか生えていない。薬指と小指がない。

病院で検査を受けたが異常なし。MRIもCTも正常。「ストレスかもしれませんね」。

その夜、夫が一人で風呂に入っている時に感じた。背中に指が走っていくのだった。ゆっくりと上から下へ、背骨の谷間をなぞるように。温度はなく、圧力もない。ただ「どこかが触られている」という意識だけが確かに存在した。

触れている。誰もいないのに。

次の日、会社で同僚からLINEが来る。「昨日の会議で君が喋った時、変な顔してたよ」。画面には会議の録画データが添付されていた。映っているのは夫一人。口を動かしている。だが映像に音声はなく、唇からの動きは「私はここで話してる」という意味のない形だった。

メール返信を送る。「録音機能バグってる?音声入ってなかったけど」 返答なし。

その週末、妻は突然「ご飯食べた?」と尋ねてきた。夫だけが食卓に座っていたが、向かい側に妻の箸と碗が並んでいる。妻本人は何事もないようにお茶を飲んでいた。

「……これ誰のためなの?」「あー、あれは私のよ。旦那もお皿出しておくのが日課みたいで」

夫は笑わなかった。ただ食器を出したまま、妻の姿に手を振るようにうなずいた。

次の朝、夫が会社に着くとエレベーターの中で気づく。鏡に映らない自分自身の右手が、明らかに六本指を持っていることだ。親指、人差し指、中指、薬指、小指――そして小指の下にもう一本、小ぶりで形が違う指が生えていた。

五本? 六本? (答えは鏡の外にある)

職場のトイレで袖を捲ると、その指は消えている。ただ腕から肘にかけて皮膚が盛り上がっていて、中をごそごそと何かが這っている感じがする。

妻に電話した。「さあ今?……いや、ちょっと気になることがあって」 妻が「またそんなこと言って」と一言言って切る。

夫は会社の窓ガラスを見て自分自身を確認した。映る顔は自分だが、右腕だけが六本指の手を握りしめたまま画面の外に出ている。ガラスの向こうにいない。鏡の中にいる。

次の日会社に行かなかった。休んだと会社に電話して、そのままベッドで横になった。妻は仕事から帰るといつも通り挨拶をし、食事を済ます。その間夫はずっと目を閉じていた。

翌朝、妻が寝室に入ってくる。「旦那、出勤時間だよ」「……分かってる」 「おかしいな。昨日も今日も、朝起きても旦那がどこにもいないのよね」。妻は部屋の中をうろつき、クローゼットを開け、風呂場を見る。

夫はベッドの下に隠れていた。「僕はここにいるよ」 妻は一切気づかなかった。目を閉じて耳をかたむけるが、「いない」という確信しか持てず、出勤してしまった。

夫はベッドから這い出すと、家の中を検索した。どこにも自分の痕跡がない。冷蔵庫を覗いても自分が取った食べ物が減っていない。浴室の鏡には映らない。スマホのカメラで自分自身を撮っても、画面の中に自分が写っていない。

最後の手段として妻に会おうとした時に気づいた。腕の中の不規則な動くのはまだ消えていなかったのだ。六番目の指が今まさに皮膚の内側から何かを外に出そうとしていることだけを彼は知っていた。それを外に出した瞬間、もしかしたら見えるかもしれない。

皮膚の下にごそごそ 六本目の指が脈を打っていない理由。

指先は皮膚を押し上げ、形だけを確認した。冷たい。硬い。そして脈動がない。

夜中一人っきりになった時、夫は自分の右腕を手で抱きしめ、六番目の指が生えてくる部分をじっと見つめた。それはいつか外に出るかもしれない、いやすでに半分出ているかもしれない。あるいは彼の皮膚の向こう側に別の誰かがいるのかもしれない。

朝また妻が帰ってきて、「おかしいな、旦那がいない」と部屋中を探す時、夫はベッドの下に隠れたまま、腕の中の指先を感じ続けていた。五本の指で握り締めた。六本目の指はその間眠ったままであった。