修学旅行から帰った後の教室は、浮ついた空気で満ちていた。 みんながスマホを突き合わせ、撮り溜めた写真を見せ合っている。私も自分のスマホを開き、最終日に金閣寺の前で撮った集合写真を眺めていた。青い空と金色の寺、そして最高に楽しそうなクラスメイトたち。

金閣寺の前で撮られた、楽しそうな集合写真

金閣寺を背に並ぶ生徒たち。だが、左端の少年の肩には……。

だが、その写真の左端、私の肩のあたりを拡大したとき、心臓が冷たくなるのを感じた。

私の右肩に、見慣れない「手」が置かれていた。 クラスの誰の手でもない。それは血の気が失せたように青白く、指が異常に長く、関節が不自然な方向に曲がっている。爪の間には黒い泥のようなものが詰まっていた。

「……誰かの悪ふざけかな」

私は自分に言い聞かせ、画面を一度閉じた。しかし、数分後に再びその写真を開いたとき、悲鳴を上げそうになった。 肩にあったはずのその手が、数センチだけ「移動」していたのだ。 今度は私の首筋を、優しく、しかし確実に、這い上がるように指先が触れている。

スマートフォンの画面。這い上がる指先

液晶越しに伝わる、確実な殺意。

それだけではない。 不意に、首のあたりに耐えがたい冷たさを感じた。教室は暖房が効いているはずなのに、その部分だけが氷を押し当てられたように冷え切っている。慌てて手鏡で首を確認すると、そこには写真と同じ位置に、泥で汚れたような五本の指の跡がくっきりと浮かび上がっていた。

しかもその跡は、じわじわと深くなっていく。皮膚に食い込んでいく。まるで見えない手が、今まさに私の首を絞めているかのように。指先を当てると、その部分だけ異常に冷たく、感覚がない。凍傷を起こしたように、肌が紫色に変色し始めていた。

恐怖で指が震える。私はその写真を削除しようとした。長押しして、削除を選択し、完全に消去したはずだった。

だが、スマホの画面が不気味に明滅し、削除したはずの写真が再び表示される。それどころか、ホーム画面の壁紙が勝手にあの写真に切り替わった。ロック画面も、待ち受けも、すべてがあの写真で埋め尽くされていく。

写真の中の「手」は、今や私の喉を背後からガッチリと掴んでいた。そして、写真の背景にいたはずの観光客の一人が、いつの間にか私の方を向き、口を大きく開けて笑っている。いや、笑っているのではない。その「何か」は、私のスマホのレンズに向かって手を伸ばし、画面を内側から叩いているのだ。その顔は腐敗し、目玉が半分飛び出し、顎の骨が剥き出しになっている。

コツ、コツ、コツ……。

液晶画面から、現実の音が響く。叩く度に、画面に細かいヒビが入っていく。 周りの友人は誰も気づかない。私のスマホの中で、私の命が削り取られていく光景が、高精細な画像として更新され続けている。

鏡を見ると、私の顔はもう真っ青だった。唇も紫色に変色している。呼吸が浅くなり、視界の端が暗くなっていく。首の締め付けが強くなり、空気が吸えない。

私は写真を共有していたグループチャットを開いた。止めなければ。助けを——。

しかし、チャット画面には、クラスメイトたちが次々とメッセージを投稿していた。

『ねえ、ハルトの肩に映ってるの、何?』 『なんか、どんどん顔に近づいてない?』 『ハルトの顔、さっきより真っ白になってる……』 『首、変な色になってるよ。大丈夫?』 『写真の手、リアルタイムで動いてる……』

友人のスマホの中でも、怪異は進行していた。画面の中の「手」が、ついに私の顔を覆い隠した。それと同時に、私の目の前が真っ暗になった。酸素が吸い込めない。何かが、私の喉を物理的に握りつぶしている。気管が潰れる音が、自分の耳に聞こえる。

「あ……が、はっ……」

私は机を掴んで立ち上がろうとした。助けを求めようとした。だが、喉から出るのは血の混じった咳だけだった。

ドサリと、私が床に倒れる音が教室に響いた。クラスメイトたちが悲鳴を上げて駆け寄る。その中心で、私のスマホが最後に一回、鮮やかなフラッシュを放った。

まるで、獲物を仕留めた瞬間を記録するかのように——。

翌日。あの集合写真は、誰のスマホからも消えていた。ギャラリーにも、クラウドにも、SNSにも。まるで最初から存在しなかったかのように。

ただ一人、あの日欠席していた生徒のスマホにだけ、一枚の写真が送られてきた。送信者は「ハルト」。時刻は、私が倒れた三十分後だった。

最後に送られてきた、歪んだ自撮り写真

引き裂かれた顔と、その背後に潜む「一ツ目」の深淵。

金閣寺の前。クラスメイトたちが楽しそうに笑う中、一番左端で、自分自身の顔を両手で引き裂こうとしている「私」と、その背後から顔を覗かせる、目が一つしかない真っ黒な「何か」が、鮮明に写し出されていた。

私の首には、はっきりと五本の指の痣が浮かび上がっている。口からは黒い液体が流れ出し、目は白く濁り、瞳孔が開ききっている。

その写真を受け取った生徒は、震える手で写真を削除しようとした。

だが、その瞬間——。

彼女のスマホの画面に、新しい通知が表示された。

『あなたがシェアされました。写真を確認しますか?』

怖いもの見たさで、彼女はタップした。

そこには、金閣寺の前で撮られた、新しい集合写真があった。クラスメイトたちが楽しそうに笑っている。そして——。

彼女の肩に、青白い手が置かれていた。