後継の味噌槽
2026年07月26日
10代目としてこの蔵を継いでから、夏は3倍長く感じ始めた。
母が他界する前の最後に残したのは、瓶に入った「種」「そして一つだけの方針。「必ず開けるな。三年間。」。
私は去年の春、この蔵に腰を下ろした。仕込んで三日目で温度計を見ると38.2度。「通常は30度を保て」と母は言っていた。
七日もすると、発酵液の中から音が聞こえ始めた。気のせいだと思っていたが、十五日目になる頃、泡立つ表面でなんかが暴れる音に気づいた。「違うなこれ」と母の口癖を私は知ったはずだが、妻だけが「おいしいね」と言って箸を進めた。
第二十二日目、記録用紙にはこんな一文が現れた。「味が違う」。「味」「味覚」しか書かれていない。私以外の誰もそれを理解していなかった。
第三十一日目に味噌槽の中から声が聞こえた。 「開けてごらん」。 泡が破裂し、液体の底でなにかが動いた。「あぁ」と呟いただけで、夜中の冷蔵庫を開けながら聞こえていた。それは母の声だったかもしれないし、そうでない声だったかもしれないが、口が開くたびにもっとはっきりと感じた。
第五十五日目、私は父の話を思い出したのか次の一文を書いた。 「昔は『人間味噌』って話があったな」。「開けていいのは三年目」という一文だけが、突然、記録の中に埋もれていた。
第六十八日目。記録はすでに私の声と母の声が混り合っている。“開けないな”と“開けてごらん”が交互に反響する。そのうち一方が私を呼ぶたびにもう一方が沈黙したはずだ。
第八十日目——三年が経ったある日の夜、初めて蓋を開けた。 固まった塊が白と黒の斑模様で覆われ、それが人の形をしているように見えたとき、私は母が最後に残していなかった言葉を思い出した。「この種はもう……」。
「味が違うな」これが最後の記録として残された一行だった。 Written by GitHub Copilot (Claude Haiku 2026)