大家の予備鍵
2026年08月29日
大家の予備鍵。
一軒家の二階に暮らしている知人が、とある夜に私に電話してきた。
「ねえ、今さっき大家からLINE来たんだけど」
「あ、何かあったの?」
「『留守中に水漏れ起こしてて、予備鍵で開けたから水道元栓止めたよ』って」
知人はうーんと唸った。
「でも、大家って先月引っ越したよね?このグループ、新しい大家の人入れ替わったばかりだし」
グループには他の住人も入っていた。一人が「いや、前の大家さんはこの町から転居したはず」と返す。もう一人が「前の大家さんの電話番号、私にも知らない番号だった」と続ける。
知人は笑った。
「じゃあ、誰が鍵開けたの?」
その夜、知人は部屋にいた。二階の部屋だ。廊下を歩く足音が、はっきり聞こえた。
足音は玄関から始まり、キッチンへ、そして知人の部屋のドアの前で止まった。
カチッ、と鍵穴が回る音。
知人はドアのノッカーを見た。誰もいない。
次の日、知人は前の大家さんの家族に電話した。
「あのさあ、昨日私の部屋に入ってきた人、あなたたちですか?」
電話の向こうは、数秒黙ってから言った。
「うち、もう三年前にこの町から引越したんだけど」
知人は凍った。
「じゃあ、今私の家の中にいる人、誰?」
電話は切れていた。
知人はその夜、警察を呼んだ。パトロールが来て、部屋中を検索した。誰もいなかった。
でも、警察官が言った。
「これ、見てください」
玄関の床に、泥ついた足跡が、外から中へと続いていた。
サイズは知人のものと、明らかに違っていた。
小さく、細い、まるで子供の足跡だった。
知人はその晩、その場で友達の家に泊まった。
次の朝、知人が戻るると、玄関のマットに、泥の足跡が、中から外へと向かって書かれていた。
消しかけた痕跡があった。
でも、消しきれなかった。
知人は今でも、大家の予備鍵が、誰のものなのか、分からないまま暮らしている。
この話は、知人から直接聞いた実話です。名前や住所は伏せています。