実話です。

去年の十一月、私は残業で朝の二時過ぎまで会社に残ることになった。 オフィスは二十三階。地下の駐車場から車を出して帰宅するつもりで、エントランスを出た時には既に冷たい風が顔を打っていた。

ところが、最寄りのバスは既に最終。仕方ないので徒歩で三十分ほどの最寄駅まで歩き、そこでようやく終電のホームに入ることにした。

ホームには私以外にも数人の客がいた。みなスマホを見ながら、ただただ電車を待っているだけだ。

電車が来て、私は中に入った。車両はガラガラで、私以外にも三人ほどの客がいた。窓の外は暗く、街灯の明かりが時々、車内を横切っていく。

そして、隣に座っている男性がいた。中年のサラリーマン風で、ネクタイを緩め、スマホを片手に何かを見ている。

私は疲れていたので、窓に自分の顔を映しながらぼんやりと外を見ていた。

そうしているうちに、ふと隣人のスマホ画面が目に入った。

画面は割れていた。ヒビが十字に走り、その隙間から見える映像が、何か変だった。

それは動画だった。そして、その映像に写っていたのは――私の背後だった。

電車の車内の映像。私の後ろに立っているもう一人の客が、画面に写っている。その客の顔は、画面でははっきりと映っていた。

でも、私の後ろには誰も立っていない。

今もいない。

私は背筋が凍るのを感じた。息を止めて、ゆっくりと振り返った。

私の後ろには、空いた席が並んでいる。誰も立っていない。誰も座っていない。

振り返った時、隣人の男性もスマホを握ったまま、私を見つめていた。

彼の目には、何もない。ただ、ぼんやりと前方を見つめているだけ。

「……」

何も言わない。スマホの画面も、彼が何を見ているのかも、わからない。

電車が揺れる。車内の照明が、時々チカチカする。

私はそっと立ち上がり、車両の端に移動した。振り返ると、男性はそのままの姿勢で座っていた。スマホの画面はもう消えている。

その駅に着き、私はPlatformを走ように走った。振り返らない。

駅の外に出た時、私はふと気づいた。

あのスマホの画面に写っていた「私の背後の客」の顔は、私に似ていた。

いや、私だったかもしれない。

それ以来、私は終電に乗る時、必ず最後に車両に乗るようにしている。

そして、隣に座る人がスマホを見ている時、そっと振り返ることをやめた。

もし、あなたの隣に座っている人がスマホを見ていて、画面に何か写っている――

その時だけは、絶対に振り返らないほうがいい。

なぜなら、その画面に写っているのは、あなたの背後の風景かもしれないから。

そして、その風景に写っているものが、あなた自身だったとしても。