知人が話していた。2018年の冬のことだ。

東京・千住の駅近くの銀行ATMコーナー。24時間対応の、壁に囲まれたような空間だ。知人は深夜の残業帰り、現金を引きたくて訪れた。

ATMコーナーには三台の機械が並んでいる。左から順に「第一」「第二」「第三」。知人は真ん中の第二を操作し、カードを挿入、暗証番号を入力した。

画面が立ち上がる。引き出し金額を入力しようとしたその時だ。

カチッ、カチッ、カチッ。

隣りの第一ATMから、カードが挿入される音が聞こえた。

知人は振り返った。誰もいない。

「誰かがカードを入れた」音は確かにした。だが、ATMの前に人影はない。

知人は「あれ?」と思いながら、もう一度画面を見直した。

すると、第二ATMの画面が、勝手に切り替わっていた。

知人が選んだはずの「普通預金」の画面ではなく、「振込」の画面になっている。

知人は慌ててカードを抜こうとした。だが、カードが抜けない。

機械がカードを飲み込んでいるのではない。知人が抜こうとするたびに、機械がカードを押し戻してくる。まるで、誰かが向こう側からカードを押さえているように。

「いや、もういいや」と知人はその場を離れた。ATMのカードはそのまま残った。

次の日、知人は銀行に電話した。

「昨日、千住のATMにカードを忘れたかもしれません」

銀行の担当者が確認したところ、第二ATMからカードは発見されなかった。

だが、第三ATMのカード受けに、知人のカードがあった。

知人が操作したのは第二ATMだ。カードがなぜ第三ATMの受けにあるのか。銀行も「ありえない」と言っていた。

知人はそれから、そのATMには近づかないようにしている。

でも、たまに思うことがある。

もし、そのATMの向こう側に、誰かがいるとしたら。

カードを「渡そう」としているとしたら。


追記:知人はその後、その銀行の口座を他行に移したという。