終電の同じ席の女性

実話です。友人のAが話してくれたので、そのままメモしておきます。

Aは大阪の梅田で働くサラリーマン。残業続きで、毎晩のように終電で帰宅する生活が続いていた。

ある日、彼は駅のエスカレーターを降りて、ホームに下りていった。平日の深夜。ホームには自分以外に数人。ベンチに座ってスマホをいじるサラリーマン。立ち読み本を片手に立つOL。そして、一番端の席に座っている女性。

女性は黒いコートを着ていた。髪は肩まで。顔ははっきりと見えないが、スマホも持たず、ただ前を見つめている。

「あ、また会ったな」

Aは気づかなかった。同じ駅で同じ終電に乗る確率は低い。しかし、それは偶然ではなかった。

次の週も、再来週も、女性は同じ席に座っていた。

最初は「偶然だな」と思い、数週間後には「また会った」と苦笑いしていた。しかし、四週目に入った頃、Aは違和感を覚えた。

女性は、毎日全く同じ時間に現れ、全く同じ席に座り、全く同じ姿勢で前を見つめている。スマホも本も持たない。ただ座っている。

そして、電車が着くたびに、ゆっくりと立ち上がり、電車のドアの前まで歩き、中に入る。

Aは思い至った。

この女性は、電車を待っているのではない。

乗る人を待っている。

次の日、Aは終電に乗らず、タクシーで帰宅した。次の日も、次の週末も、同じように避けた。

しかし、三日後、彼は疲れてしまい、また終電に乗ってしまった。

ホームに着くと、女性はまたいた。同じ席に。同じ姿勢で。

Aはあえて彼女の隣に座った。

女性はゆっくりと、ゆっくりと、Aの方を向いた。

Aの目線は、女性の顔とほぼ同じ高さだった。しかし、女性の顔には、何もなかった。

顔の表面は、平らだった。目も鼻も口も。まるで、粘土で形作られた仮面のように、何もなかった。

Aは動けなかった。

女性はゆっくりと、Aの耳元に近づき、低い声で言った。

「明日も、ここで待ってるから」

Aは次の日、終電に乗らなかった。一週間乗らなかった。

一週間後、また終電に乗った。

ホームに着くと、女性はいた。

しかし、今日はもう一人、別の女性が隣に座っていた。

二人とも、ゆっくりとAの方を向いた。

Aは走った。

その夜から、Aは終電に乗らなくなった。

しかし、ある日のこと、Aは自宅の玄関で、黒いコートを着た女性の影を、目の端で見た。

玄関のドアの隙間から、静かに、覗き込んでいた。