3号機の回らない夜
2026年09月01日
3号機だけが回っている
私が住んでいるアパートの隣に、24時間営業のランドリーがある。 朝の通勤前、あるいは深夜の帰宅後、洗濯物を持って行くのは日常だった。
そのランドリーには8台の洗濯機が並んでいて、1号機から8号機まで番号が振ってある。 普段は混んでいるので、空いている機材を探すのが最初のルーチンだった。
ある深夜の出来事だ。午前2時頃、私は洗濯物を持ってランドリーに入った。 中に人がいるのは私だけ。照明は白く、静かだ。
空いているのは3号機と6号機だった。 3号機は少し古いタイプで、ガラス窓が厚く、内側が少し暗く見える。 6号機は新しいタイプで、内側がよく見える。
私は特に理由もなく3号機を選んだ。 コインを入れて、洗濯洗剤を入れ、スタートボタンを押す。 「カチッ、ガガガッ」— 通常通り水が入り、回転が始まった。
洗濯物が回る音は心地よい。 スマホを見ながら、私はランドリーのベンチに座った。
その時、ふと気づいた。 3号機の水の色がおかしい。
透明のはずの水が、ゆっくりと灰色に染まっているのだ。 洗濯物は白Tシャツ2枚とズボン1枚。そんなもので水が灰になるはずがない。
「機械の不調かな」
そう思い、私はそのまま様子を見続けた。 5分後、10分後、水は灰色から茶色に変わっていた。 そして、その水がまるで生き物のように、ゆっくりと渦を巻いている。
洗濯物は回っていない。 ドラムは完全に停止したまま。でも水だけが、ゆっくりと、しかし確かに動いている。
私は背筋が凍るのを感じた。 ガラス窓の向こう、水に沈んだ洗濯物の中に、何かもう一つあるような気がした。
白Tシャツの裾から、黒いものがはみ出している。 指のような、それとも繊維のような、判別つかない形。
「もしかして—」
私は立ち上がり、3号機に近づいた。 ガラス窓に顔を近づける。
水は茶褐色。視界が遮られる。 その茶色の中に、何かがゆっくりと回転しているのが見えた。
洗濯物ではない。 もっと、大きい。
その時、ランドリーの入口のドアが開く音があった。 背後から誰かが入ってくる。
振り返ると、中年の男性が立っていた。 「あのう、3号機、使おうと思って」
「それは今、使用中ですよ」 私が言うと、男性は首をかしげた。
「いや、3号機は空いてませんか? ずっと回ってると思ったら、誰も使っていないみたいで」
私は3号機を見た。 水は茶褐色。黒いものはもう見えない。 でも、水だけがおかしく動いている。
「3号機は私のが使っています。6号機を使いませんか?」 私が言うと、男性はしばらく私を見つめていた。 それから、にっこりと笑った。
「すみません、勘違いでした」
彼は6号機にコインを入れた。 洗濯物を入れ、スタートボタンを押した。 「カチッ、ガガガッ」— 水が入り、回転が始まった。
通常の音。通常の光景。
私は3号機を見つめた。 水は、まだゆっくりと動いている。
次の日、私はランドリーのスタッフに尋ねた。 「昨日の夜、3号機が使われていなかったんですが」
スタッフは少し困ったように言った。 「3号機? いや、3号機は昨日も今日も使われていましたよ。ずっと」
「でも、私が入った時、中は空いていました。水だけが回っていて」
スタッフはしばらく黙って私を見ていた。 それから、低い声で言った。
「3号機は、去年の冬からずっと回っています。 誰もコインを入れなくても、水が入って、水が回る。 でも洗濯物は入っていない。ずっと空です」
「なんで放置してるんですか?」
「修理に出したんですが、機械には異常がない。 水だけが、勝手に回り続ける。 もう諦めて、使えない機械としてそのままにしています」
私はその夜、ランドリーに行かなかった。 そして、その日以来、3号機の水の色が気になる。
もしまた茶褐色に戻っていたら— 私は3号機のガラス窓に顔を近づけてみたい。 中に何が見えるのか、本当に知りたい。
でも、多分見たくない。