深夜のコインランドリー

先月の話だ。僕は東京・練馬の賃貸に住んでいるが、そのアパートには洗濯機が設置されていない。だから週に2、3回、徒歩5分のところにある24時間営業のコインランドリーに通っている。

その日のことも、いつものように夜十時半頃、仕事帰りに寄った。店内は僕一人だけで、奥の窓からは街の明かりがぼんやりと漏れている。平日のこの時間なら常に一人で、特に何もなくても気にしないほど日常的な場所だった。

僕は十二分の洗濯機に衣類を突っ込み、コインを入れてスタートボタンを押す。洗濯が始まると、ベンチに座ってスマホをいじる。十五分ほど経った頃だった。

ゴゴゴッ——

隣にある空の洗濯機から、回転音が聞こえた。

最初は排水ポンプの音かと思った。十二分機が排水を開始する時、隣の機械に振動が伝わることはある。だが、その音は違っていた。洗濯槽が回転し始めた、あの独特の唸り音だ。

僕は隣を見た。

コインが投入されておらず、扉も閉まっている。なのに、中の照明が点いていて、何かがゆっくりと回っているのが見える。

「……誰かが使ってるのか」

そう思って近寄って扉を開けようとした瞬間、音が止まった。一瞬の静寂。その後、ゆっくりと扉が……開いた。

自動で。

中には何も入っていない。水も入っていない。空の洗濯槽が、静かに僕を見据えている。

「はあ……」

僕は笑って扉を閉め、ベンチに戻った。たまたま誰かが遠くから操作したのか、誤動作だろう。そう思ってから、もう十五分ほど経った頃だった。

ゴゴゴッ——

また始まった。今度はそのまた隣の洗濯機だ。三台並んでいるうちの、真ん中。

音は先ほどよりも大きい。まるで、誰かが強く回しているように。

店内の照明が、ゆらりと点滅した。

僕はスマホの画面を見つめた。電波は満タンだ。でも、なぜか発信できない。電話もLINEも、何も届かない。

ゴゴゴッ——ゴゴゴッ——

音が高揚していく。三台の洗濯機が、同時に回り始めた。

奥の窓から、街の明かりが消えていた。外が、真っ暗だ。

三台の洗濯機の窓から、白い泡が溢れ出している。でも、どこからも洗濯粉が入っていない。泡は床に流れ、ゆっくりと僕の足元まで広がってきた。

冷たい。床の泡が、冷たい。

僕は立ち上がった。出口に向かう。

ドアが開かない。レバーを引いても、押しても、動かない。鍵がかかっているわけでもない。ただ、開かない。

背後から、洗濯機の音が止まった。

一斉に。

そして、三台の洗濯機の扉が、同時に——

開いた。

中から、何かゆっくりと出てきた。

形はない。ただ、白い泡が、床を這うように、僕の方へ近づいてくる。

その時、スマホの画面が点灯した。電波が戻ったのか、着信表示が現れた。

知人からのメッセージだった。

「今、あなたのアパートの防犯カメラ見たんだけど——」

僕はスマホを見つめた。次の瞬間、泡が僕の足に届いた。

冷たかった。

その夜、僕は病院で目を覚ました。隣には警察の人がいて、「隣人のコインランドリーで意識を失っていた」と言った。ドアは外から施錠されていたという。解錠には二十分以上かかった。

店内の三台の洗濯機は、すべて運転中で、中には水も泡も入っていなかった。

警察は「機械の誤動作でしょう」と言った。

でも、僕は知っている。泡が足に届いた時の冷たさを。

そして、その後の毎晩、夢の中で同じ音が聞こえることを。

ゴゴゴッ——

今でも、そのコインランドリーには行けない。