コインランドリー

去年の冬のことだ。

僕は都内某所のマンションに一人暮らしをしていた。職場が深夜まである仕事柄、洗濯物をコインランドリーに持っていくのは夜中になることが多かった。

ある日のこと。夜中の二時過ぎ、街の片隅にある小さなコインランドリーに入った。

店内には客は僕一人。自動ドアが開く音だけが、静寂を断つ。

左側に三台、右側に三台。合計六台の洗濯乾燥機が並んでいる。そのうち三台が稼働中で、ゆっくりと衣類が回る音が、かえって不気味な沈黙を際立たせていた。

僕は奥側の右端、六号機にコインを入れて洗濯物を突っ込んだ。

スタートボタンを押して、隣に座り待ちながらスマホを見る。

すると——。

真横の五号機が、勝手に動き出したのだ。

僕は何もしていない。コインも入れていない。電源さえ入っていないはずだ。

なのに、ドラムがゆっくりと回り始め、水が流れ出し、洗剤の泡が窓越しに膨らんでいく。

「……誰かが使ってる?」

店内を見回した。客は僕一人しかいない。

稼働中の三台のうち、どれかと思ったら、五号機は完全に停止状態だった。電源ランプもついていない。

なのに、水が満タンになり、ドラムが回転し始めた。

泡が窓の隅にたまっていく。その泡の色が、なぜか白くなくて、少し黄ばんでいた。

僕は立ち上がった。五号機に近づいて、窓を覗き込んだ。

中が回っている。衣類が。でも、それが自分の洗濯物じゃないのは明らかだ。

何枚か、衣類の端が見えた。

……シャツの袖だ。

人の袖が、ドラムの中でクルクル回っている。

背筋が凍った。僕は後ずさり、壁にもたれた。

「……誰か入ってる?」

声に出して聞いた。返事はない。

五号機のドラムは、まだ回り続けている。

その時だった。

ドラムの回転が、急に速くなったのだ。

バァン、バァン、バァン——。

水が窓に飛び散る。泡が窓を覆い尽くしていく。

そして、泡が少し引いた瞬間——。

ドラムの内側から、何かが窓に張り付いた。

手の形だ。

ガラスに、手のひらの形が、押さえてあった。

指が五本。爪まで見える。

そして、ゆっくりと、その手が——。

窓をノックした。

カチ、カチ、カチ。

コインを入れるスロットに、指が伸びていく。

僕が後退した瞬間、五号機の電源ランプが、ふっと点いた。

黄色い小さな光。

そして、ドラムが止まった。

泡が引いていく。窓が透けて、中が見えるようになった。

五号機の中は、空だった。

衣類も、手も、何もなかった。

ただ、コイン投入口のすぐ下、床に——。

一枚のコインが、転がっていた。

僕はそのコインを拾って、店を出た。

振り返ると、五号機の電源ランプは、まだ点いていた。

店を出て、歩道を歩きながら振り返ってみる。

五号機には、何もなかった。

でも、ポケットに入れたコインが、なぜか冷たかった。

その夜から、僕はコインランドリーに行っていない。

でもたまに、夜中にふと、五号機のドラムが回っている音が、聞こえることがある。

自分の部屋から、遠くから。