深夜のコインランドリーで、洗濯機が回らない
2026年09月25日
去年の冬、私は都内のアパートに一人で住んでいた。
部屋の洗濯機が壊れてしまい、近所の二十四時間営業のコインランドリーに通うことになった。夜中の二時頃、人がいない時間帯を選ぶ。混雑を避けるためだ。
店内は白熱した蛍光灯に包まれ、洗濯機のモーターが回る低い轟音が常に響いている。十二台の洗濯機が並ぶうち、三台が稼働している。残り九台は停止しているが、その静けさもまた、どこか不気味だった。
私は七台の洗濯機に服を入れ、コインを入れて回転させ始めた。
一回目は特に何も感じなかった。洗濯機が回りはじめる音、水滴が跳ねる音、そして乾燥機から漏れる温かい空気の匂い。ただの深夜の洗濯だ。
二回目の洗濯機に服を入れようとした時、ふと気づいた。
七台目と八台目の洗濯機の間に、もう一台の洗濯機があるはずだということだ。
店内には十二台の洗濯機が並んでいる。私は七台目までしか使っていない。八台目以降は空いているはずだ。
でも、七台目の横には、八台目の洗濯機がない。
代わりに、黒い金属の板が壁まで続いている。
「あれ?」
数歩戻って数え直した。
一、二、三、四、五、六、七。
七台しかない。
元々この店内には七台の洗濯機しかなかったのかもしれず、私が勘違いしているだけかもしれない。でも、入ってきた時に見た店内の配置は違っていた。十二台が並んでいる。そう、確信していた。
私はその場を離れ、入口で鏡のような金属の扉を通り抜けようとした。その時、後ろから洗濯機の音が聞こえた。
七台目ではない。八台目の場所から、洗濯機が回り始めている音だ。
でも、私は八台目にコインを入れていない。誰も入店していない。
振り返ると、七台目と壁の間に、先ほどまでなかったはずの洗濯機が一台、立っていた。黒っぽい外観で、前面のガラスは曇っている。その中身はよく見えない。
「……何か入ってる?」
近づいてガラスの向こうを覗き込んだ。
水が渦を巻いている。その中に、何かが浮かんでいる。白い、布のような形。でも、それは私の入れた洗濯物ではない。形が不自然で、まるで人間の手が伸びているようだった。
その時、洗濯機が脱水に入った。
強烈な振動とともに、ガラスの向こうでその白いものが高速で回転し始めた。形が崩れ、そしてまた元に戻る。まるで、何かが苦しがっているように見える。
私は背筋が凍るのを感じた。
その洗濯機のコイン戻し口を見ると、私の入れたはずのコインが、戻ってきていた。洗濯が取り消されたということだ。
でも、洗濯物は中に入まったまま。
慌てて他の洗濯機を確認した。七台とも、正常に回っている。私の洗濯物は、全て無事だった。
ただ、七台目と壁の間に立っていた洗濯機だけが、異様に動いていた。
私はその場を逃げ出した。
翌日、そのコインランドリーに行ってみた。十二台の洗濯機が並んでいた。七台目と八台目の間に、何もない。
店員に尋ねてみた。
「あの、七台目と八台目の間の洗濯機って、いつもあんなに古いですか?」
店員は不思議そうな顔をした。
「七台目と八台目の間なんてありませんよ。元々この店は七台しかありません。」
私は背中に寒気を感じた。
入ってきた時に見た十二台の洗濯機は、何だったのか。
そして、あの洗濯機の中に入っていた白いものは。
それ以来、私はそのコインランドリーには行っていない。
ただ、たまに夜中に目覚めると、遠くから洗濯機が回る音が聞こえたような気がする。
それは、私の洗濯物を回している音かもしれない。
あるいは、あの洗濯機が、新しい洗濯物を求めている音かもしれない。