共用洗濯室のガラス窓から、毎晩誰かが外を見ている
2026年08月15日
知人の話だ。彼女は大阪・北区の築八年のマンションに住んでいる。三階の二DK。
共用洗濯室は一階の奥にあり、入口はオートロックの扉を二つ抜けた先だった。洗濯機は八台。壁一面に窓があり、夜は街の明かりが反射して外が見えにくいようになっている。
「最初は些細なことだった」
彼女はそう振り返る。毎晩、洗濯物を干している時だ。窓のガラスに映る自分の姿が、なぜかいつもよりゆっくり動いているように感じた。
「 reflection だよな」
そう自分に言い聞かせて、洗濯物を取り込んだ。
三日後、また同じことを感じた。今度ははっきりと。窓に映る自分が、手を止めた後にも、もう一秒、二秒、動き続けていた。
彼女は窓に近づいた。ガラスには自分の顔が映っている。でも、その表情が、今自分がしている表情と違っていた。
自分の顔は驚きで口が開いている。でも、ガラスに映る自分の顔は、静かに微笑んでいた。
「その時、窓の向こうに、誰かの影が見えた。でも、外は六階建てのマンションの壁だ。誰も立つ場所がない」
彼女は背筋が凍るのを感じた。振り返ると、洗濯室には自分一人だ。洗濯機がぐるぐる回っている音だけが、やけに大きく響いている。
それ以来、彼女は洗濯物を夜中に干さなくなった。
でも、ある日のことだ。朝、洗濯室を通りかかった時、床に水滴が一滴、落ちていた。洗濯機も、蛇口も、誰も使っていない。水滴は、窓のガラスから、ゆっくりと伝い落ちたものだった。
窓の外側は、びしょ濡れになっている。
外は晴れていた。
彼女は管理会社に連絡した。窓の結露かもしれない、と言われた。でも、結露が外側に付くことなんて、あるのだろうか。
昨夜、彼女はふと気がついた。共用洗濯室のガラス窓に、自分の顔が、今まさに映っているのだ。でも、彼女はもう、その場を去っていた。
窓に映る自分の顔は、ゆっくりと、彼女が今いる方向を見つめていた。