郵便受けの廊下

知人の話だ。

彼の名前は山本(仮名)。三十一歳、大阪の梅田で働く営業マン。一人暮らしを始めてから、ある日曜日の朝に気づいた。

「あれ? このチラシ、僕宛じゃない?」

郵便受けに入っていたチラシには、見事なほどに山本の氏名と住所が印刷されていた。会社から送られてくる請求書と似たフォーマットなので、最初は気づかなかった。だが、よく見ると宛名欄には「山本〇〇様」と自分の名前が。

「まあ、会社の新システムで自動生成されたのかな」

そう思った山本は、チラシをゴミ箱に捨てた。

だが、翌日の朝にも同じものが。

今度は別の会社のチラシだった。宛名は変わらず山本宛。印刷の角度やフォント、会社名は違うのに、氏名と住所だけは完全に一致している。

「誰かがわざと僕宛に作ってる……?」

怪しいと感じた山本は、マンションの管理会社と大家に相談した。大家は「いや、大家の僕でさえ、誰が入居者宛のチラシを入れるか知らないよ」と苦笑いした。

管理会社の担当者は「不審者の可能性もありますね」と、防犯カメラの設置を提案した。

カメラが設置された翌日から、山本は少し安心した。

だが、チラシは消えなかった。

むしろ、量が増える。

毎日、異なる会社のチラシが、山本宛として郵便受けに放り込まれている。コンビニのクーポン、塾のチラシ、健康診断の案内。どれも印刷は綺麗で、宛名も本物そっくりに作られている。

「これはもはや嫌がらせだ」

山本は警察に相談した。警察は「現時点で犯罪には当たらない。監視カメラで様子を見てください」と、あまり乗り気ではなかった。

ある夜、山本はふと気づいた。

郵便受けのチラシが、いつもより一枚多い。

よく見ると、手書きのチラシが混じっていた。白紙の用紙に、黒いボールペンでこう書かれている。

「明日も来ます」

山本は凍りついた。

誰かが、毎日、山本の部屋の前でチラシを作り、郵便受けに押し込んでいる。

そして山本は、ある事実を思い出した。

そのマンションの階は、全部で十二戸。各戸の郵便受けは、廊下の中央に並んでいる。山本の部屋の両隣には、長年空き家の部屋があった。

鍵がかかっているはずの、空き家の部屋のドアの隙間から、毎日微弱な光が漏れている。

山本は、その夜、空き家のドアの隙間から、黒いボールペンの先が、紙の上を動きのを見たと語っていた。

「音は聞こえない。でも、光が動いている。自分でものを書く光が」

翌朝、郵便受けにはまた、山本宛のチラシが入っていた。

今回は、手書きだった。

「今日も来ました」

山本はすぐに引っ越した。

しかし、新しいアパートに引っ越して三ヶ月後、彼が受け取った引越先の案内ハガキの宛名欄に、彼の名前の横に、ある言葉が追加されていた。

(もう来ます)