実話。僕が直接見たわけではないが、目撃した友人の体験談をまとめたものだ。

友人の佐藤(仮名)は30歳、愛知県・名古屋市の中心部で働くエンジニア。週に2〜3回の深夜残業で、終電を逃すことも珍しくない。

彼が通うバス停は、マンションから徒歩5分の場所にある。路線バスは深夜2時までの運行で、その後はいくら待っても来ない。


ある冬の夜、佐藤さんは終電を逃した。午後11時50分の最終バスがちょうど出ていくのを見て、次のバスは午前0時15分だと確認した。

「15分くらい、コンビニで coffee でも飲んで待てばいいや」

そう思って、バス停から200メートルほど離れたコンビニに入った。コーヒーを買って戻ってくると、バス停にはすでに一人、女性が立っていた。

黒いコートの女性。帽子をかぶり、顔は半分隠れていた。手には大きなバッグ。

佐藤さんは特に気にせず、隣に立った。

「あと15分ですね」

佐藤さんが言うと、女性はうなずいた。声は出さなかった。

15分後、バスのライトが曲がり角から現れた。佐藤さんが手を上げると、バスはゆっくりと近づいてきた。

だが、バス停には止まらなかった。

徐行しながら通り過ぎていく。窓ガラスには、運転手の顔がはっきりと見えた。

佐藤さんがまた手を振る。バスはまた徐行する。しかし、止まらない。

「おい、止まれよ」

佐藤さんが叫ぶと、バスはゆっくりと走り去った。

佐藤さんは苦笑して、また待とうとした。

その時だった。

バスのライトが再び曲がり角から現れた。同じバスだ。

佐藤さんは手を上げた。バスはゆっくりと近づいてきた。

そして、バス停の前に、ようやく止まった。

ドアが開く。運転手が佐藤さんを見つめている。

「乗りますか?」

「いや、待って。今のはなぜ止まらなかったんですか?」

運転手は黙って、佐藤さんを見つめ続けた。

その間、バスの窓から、黒いコートの女性の姿が見えた。

バス停にいた女性と全く同じ女性が、バスの後部座席に座っていた。

佐藤さんは背筋が凍るのを感じた。

「……乗らないんですか?」

運転手が言った。

佐藤さんはその場を去った。歩いて帰った。


翌日、佐藤さんは友人にその話をした。

「バスの運転手、変な顔してたよ」

友人が言った。「でもさ、そのバス停、深夜バスの停留所じゃないよ」

佐藤さんは凍りついた。

そのバス停は、深夜バスの停留所ではない。昼間の路線バスしか止まらない停留所だった。

深夜に運行されるバスは、500メートルほど先の別の停留所しか止まらない。

「つまり、昨日乗ってきたのは……」

佐藤さんは言葉を詰まらせた。


その後も佐藤さんは、終電を逃した夜にそのバス停を通りかかると、黒いコートの女性が立っていることがあるという。

いつも、バスの来る方角を向いている。

佐藤さんが近づくと、振り返って、ゆっくりとうなずく。

そして、バスのライトが現れると、その姿は消えている。

バスの窓から、後部座席に座っている。

佐藤さんはもう、そのバス停を通らないようにしている。

タクシーを使う。

ただ、たまにふと気になることがある。

もし、そのバスに本当に乗っていたら、どこへ向かっていたのか。

そして、運転手の顔を見て、佐藤さんが何を思ったのか。

佐藤さんはそうも言う。

「運転手の顔は、よく見れば分かったんだ」

「あの顔、僕に似ていた」