デパートの鏡のエスカレーター
2026年08月21日
先週のことだ。私は渋谷の某デパートで買い物をしていた。
3階の化粧品フロアへ行くために、中央のエスカレーターに乗った。普段はあまり使わないルートだったから、少しだけ足を踏み入れる感覚があった。エスカレーターの手すりも、壁も、天井もすべて鏡張りの空間だった。デパートの演出として、よくあるデザインだ。
鏡が三面にあるから、私の姿が無限に反射する。ふと、奥の反射に違和感を覚えた。
鏡の向こうにいる私の姿が、私より一拍遅れて動いているのだ。
「あ、鏡の反射のタイミングがずれてる?」
そう思い、手を挙げてみた。鏡の私もうまく手を上げた。しかし、その表情が少し違う。私が無表情なのに、鏡の私の口元が、ほんの少しだけ歪んでいる。
目を凝らすと、さらに奥の鏡にも私の姿が映っている。三つ目の反射、四つ目……それぞれの鏡の私が、少しずつ違う表情をしている。無表情、困惑、恐怖、そして……笑っている。
「え、なにこれ……」
背筋が凍った。エスカレーターはゆっくり上がっていく。鏡の私は、もう私を見ていない。すべてを下を見つめている。まるで、私の上に何かいることを知っているみたいに。
その時、エスカレーターの上部から、鏡の向こうに立っている人影が見えた。私と同じ服装をした人物が、エスカレーターを待っている。
よく見ると、その人物も私と同じように鏡を見つめている。その鏡の向こうには、また別の私の姿が映っている。
エスカレーターから降りた瞬間、すべての鏡が正常に戻った。ただの鏡だ。
振り返っても、誰もいない。
後で店員に聞いたら、「あ、あの鏡のエスカレーター、最近調子が悪いんですよ。電気系統の不具合で、反射が乱れることがあるみたいです」と。
でも、その説明では片付かない気がした。鏡が乱れるなら、表情が歪むのは当然だ。なのに、鏡の私が笑っていた理由がわからない。
鏡に映った私は、私じゃない。
そう今でも思う。