実録ホラー。知人の話。

彼女が東京・世田谷の古いアパートに一人暮らしを始めて二ヶ月目のことだった。

朝のルーティンはシンプルだった。洗面所に行き、顔を洗い、鏡を見て歯を磨く。それだけ。

ところが三週目のある朝、鏡に水滴が一つ、二つと付いていることに気づいた。

「えっ、今、誰かいた?」

洗面所は彼女の部屋から直結。窓は開いていない。結露なら全体に付くはずなのに、なぜか鏡の中央部分にだけ水滴が点在していた。

最初は結露だろうと思ってふいた。でもその次の朝、水滴が「見てる」という文字の形だった。

彼女は背筋が凍るのを感じた。

窓は閉まっている。浴室の換気扇も止まっている。誰も入ってくる余地がないのに、鏡に水滴で文字が書かれていた。

「たまたまだよ」

そう自分に言い聞かせてふいた。でも次の日にも「後ろ」と書かれていた。

水滴の文字は、まるで人が指で鏡に書きつけたような、一本一本の線が太かったり細かったりする。結露や水滴が自然にできるものではない。

彼女はその日から、洗面所のドアを開けたまま寝るようになった。

ある夜、彼女はトイレに行こうと洗面所を通りかかった。

鏡に水滴が一つ、付いていた。

真ん中に。

「……今、誰かいるの?」

返事はない。換気扇の音だけがうるさい。

彼女は恐る恐る近づいた。水滴はゆっくりと流れ落ちていた。

そして次の瞬間、水滴がまた一つ、二つと現れ——

「見てるよ」

文字が書かれた。

彼女は飛び上がって振り返った。背後には誰もいない。洗面所の鏡には、水滴で書かれた文字だけが、ゆっくりと流れ落ちている。

その時、彼女は気づいた。

水滴が書かれる順番を。

「見」——「て」——「る」——「よ」

上から下へ、順番に現れていたのだ。

まるで、見えない誰かが今、彼女が見ている時にだけ、鏡に文字を書き続けているのかと。

彼女はそれ以来、朝、洗面鏡を見るのが怖くてたまらないという。

でも一番恐いのは、その後も水滴が毎日現れているらしいということだ。

彼女が寝ている間に、鏡に新しい言葉が書かれている。

「見てる」

「後ろ」

「今」

「後ろを見て」

もう、誰が書いているのか、彼女でさえわからない。