朝のニュース速報で、自分の家が映っていた話
2026年09月30日
知人の話。本名は伏せる。
彼は東京・世田谷のマンションで一人暮らしをしていた。三十代前半、サラリーマン。日常は淀んでいて、退屈というより、どこか安全だと思っていた。
その日は普通の日だった。朝七時起き、コーヒーを淹れ、ニュースを見ながらトーストを焼く。テレビはNHKの朝のニュース。天気予報、交通情報、そして速報。
「世田谷区内で女性暴行事件。被害者は四十代女性、現場はマンションの駐車場で発見されました」
彼はふとテレビを見やった。
映像に映っていたのは、彼の住んでいるマンションの建物だった。
「あれ?」「うそだ」と思った。建物の外観、エントランスの看板、駐車場の傾斜——すべて彼が毎日目にする景色と全く同じだった。
しかし、ニュースのアナウンサーは続ける。
「現場には他にも住人がいたようですが、誰も事件に気づかなかったようです」
彼は凍りついた。
その日、彼は七時に起きた。七時半にニュースを見た。事件が起きたのは「昨夜の深夜」——つまり彼が寝ている間に、彼の住んでいるマンションで事件が起きた。
「被害者以外、誰も気づかなかった」
彼はその夜、寝室のドアにクッションを挟み、スマホのライトをつけて寝た。次の日、次の次の日も同じだった。
三日後、彼は近所の人に話しかけてみた。
「あのさ、昨夜マンションで何かあった?」
相手は不思議そうに言った。
「え? 何もないよ。いつも通りだったけど」
彼はテレビをつけ直した。ニュースはすでに次の話題に移っていた。
しかし、その夜、彼は寝室のドアの隙間から、外の廊下の足音を聞いた。
止まる。また歩く。また止まる。
彼の部屋の前のドアで、足音が止まった。
スマホのニュースアプリが通知を飛ばした。
「先ほどの世田谷の事件、被害者の身元が判明しました」
画面には被害者の写真が載っていた。
彼のマンションの住人だった。
彼は自分の部屋に閉じこもり、スマホのカメラでドアの隙間を映し続けた。
次の朝、ニュースはすでに終わっていた。
テレビの向こう側——彼の住んでいるマンションは、どこにも映っていなかった。