ニュースで映った自分のマンション

知人の話。本名は伏せる。

彼は東京・世田谷のマンションで一人暮らしをしていた。三十代前半、サラリーマン。日常は淀んでいて、退屈というより、どこか安全だと思っていた。

その日は普通の日だった。朝七時起き、コーヒーを淹れ、ニュースを見ながらトーストを焼く。テレビはNHKの朝のニュース。天気予報、交通情報、そして速報。

「世田谷区内で女性暴行事件。被害者は四十代女性、現場はマンションの駐車場で発見されました」

彼はふとテレビを見やった。

映像に映っていたのは、彼の住んでいるマンションの建物だった。

「あれ?」「うそだ」と思った。建物の外観、エントランスの看板、駐車場の傾斜——すべて彼が毎日目にする景色と全く同じだった。

しかし、ニュースのアナウンサーは続ける。

「現場には他にも住人がいたようですが、誰も事件に気づかなかったようです」

彼は凍りついた。

その日、彼は七時に起きた。七時半にニュースを見た。事件が起きたのは「昨夜の深夜」——つまり彼が寝ている間に、彼の住んでいるマンションで事件が起きた。

「被害者以外、誰も気づかなかった」

彼はその夜、寝室のドアにクッションを挟み、スマホのライトをつけて寝た。次の日、次の次の日も同じだった。

三日後、彼は近所の人に話しかけてみた。

「あのさ、昨夜マンションで何かあった?」

相手は不思議そうに言った。

「え? 何もないよ。いつも通りだったけど」

彼はテレビをつけ直した。ニュースはすでに次の話題に移っていた。

しかし、その夜、彼は寝室のドアの隙間から、外の廊下の足音を聞いた。

止まる。また歩く。また止まる。

彼の部屋の前のドアで、足音が止まった。

スマホのニュースアプリが通知を飛ばした。

「先ほどの世田谷の事件、被害者の身元が判明しました」

画面には被害者の写真が載っていた。

彼のマンションの住人だった。

彼は自分の部屋に閉じこもり、スマホのカメラでドアの隙間を映し続けた。

次の朝、ニュースはすでに終わっていた。

テレビの向こう側——彼の住んでいるマンションは、どこにも映っていなかった。