実録ホラー。知人の話です。

知人の田中(28歳、大阪のIT企業に勤める)は、月1〜2回で故郷の和歌山県東牟婁郡の山村に帰っている。人口300人ほどの集落で、祖父が一人で暮らしている。

その集落には、日中3本しかない路線バスが走っている。終バスが午後6時50分。つまり、それ以降は完全に自動車依存の地域だ。

「昨夜、祖父の具合が悪くてな。急いで帰らなきゃいけなくて」

田中がそう語り始めたのは、先週の土曜日のことだった。

夜中の11時半。田中は大阪市内のオフィスで残業中に、祖父からLINEが届いたことを思い出したという。

「ちょっと様子見にくる。明日の昼には戻る」

祖父の具合が悪いというので、田中は即座にタクシーで最寄りのJR駅へ向かい、最終の電車に飛び乗った。和歌山方面行きの電車は午後11時40分発。田中はそれに間に合った。

「和歌山駅に着いたのが1時過ぎ。そこから向こうのバスはもうない」

田中はスマホで路線バスの時刻表を確認した。確かに、終バスは午後6時50分。次の便は翌朝6時20分。

「タクシーもこの時間じゃ呼べない。仕方ないから、最寄りの駅前のビジネスホテルに泊まろうって思ったんだ」

田中が駅前のコンビニへ入って弁当と飲料を買おうとした瞬間だった。

自動ドアが開き、店内の蛍光灯がチカッと点滅した。レジの店員がふと外を見つめて、顔をしかめた。

「あ、また来ちゃった」

「また、って?」

田中が尋ねると、店員は苦笑いしてこう答えた。

「この時間になっても、うちの駅前バス停に立ってる人がいるんですよ。いつも同じおじさんが」

田中は心当たりがあった。そのバス停は、路線バスの終点からさらに5分ほど歩いたところにある。もともと田中が祖父の家に近づくための、かつての分岐点だったバス停だ。今は使われていない。

「使われてないバス停に、人が立ってるってこと?」

「ええ。傘も持ってないのに、ずっと立ってるんですよ。夜中なのに。朝の5時頃まで立ち続けて、やっと消えるんです」

田中はそそくさと店を出て、ホテルへ向かった。でも、ふと後ろを振り返ると、そのバス停の方向に、小さな明かりが見えた。

「街灯が壊れてて、この辺は真っ暗なんですよ。明かりなんてあるわけがない。でも、バス停の真上に、丸い明かりがある。提灯みたいに、ゆらゆら揺れて」

ホテルのフロントで地図を借りて確認すると、そのバス停は路線バスが走っていない。時刻表にも載っていない。

「でもさ、祖父の家へ行くには、あのバス停を過ぎたところからしか道がないんだ。昨夜も、朝の6時20分のバスで帰って、あのバス停の前を通ったら、確かに立ってたよ。おじさんが」

田中がホテルから祖父の家まで歩いたのは、朝の5時半頃だったという。

「真っ暗で、霧が出てて。足元も悪い。で、あのバス停の前を通ったら、確かに立ってた。昔、祖父と一緒に仕事してたおじさんだ。もう5年前に亡くなってる人」

田中は目をこらして見た。

「傘を持ってるんですよ。夜中に。そして、その提灯みたいな光が、おじさんの頭の上で揺れてる。近づくと、その光が消えて、おじさんも姿を消した。でも、足音が後ろから聞こえたんだ。バスのタイヤが轍を転がる音みたいに、ゴトン、ゴトンって」

田中は走った。祖父の家のドアをノックして、祖父が開けた瞬間、背後から冷たい風が吹き込んだ。

「祖父の家の玄関の床に、水滴が点在してた。傘から雩が落ちてるみたいに。でも外は全然濡れてない。水滴は、バス停の方から、一直線に祖父の家の玄関まで、点在してたんだ」

田中は朝のバスで大阪へ戻り、その日の昼過ぎに祖父の様子を見に行った。

「おじさんに会ったか?」と尋ねると、祖父は青ざめてこう言った。

「あいつは、昔、路線バスの運転手だった。夜間の最終便を走ってたんだが、雨の夜、道の途中で何かにぶつかって、バスの運転席で死んでた。遺体で見つかったのは、あのバス停のところで」

「でもさ、時刻表に載ってないバス停で、なぜおじさんが立ってるのか。祖父も知らなかったって」

田中がそう言うと、祖父は黙って、仏壇の引き出しから古い写真を取り出した。

路線バスの時刻表のコピーだ。昭和50年代のもの。

「これ、見ろ。終点の次が、あのバス停の名前になってるんだ。廃止されたルートが、まだ時刻表に残ってた」

田中は今でも、月に一度、祖父の家に帰る。でも、夜は絶対に車で動くようにしている。

「朝の5時、霧の中で、バスのタイヤの音が聞こえた時、あれはバスだったと思うんだ。時刻表に載っていない、もう来ないバスが、まだ走ってるってこと」

田中は最後に、こう言った。

「あのバス停の横に、小さな石碑がある。『元・〇〇バス停』って。でもその石碑、去年の台風でなくなっていたんだ。でも昨夜、祖父からLINEが来た。『石碑、また立ってたよ』って」

田中はもう、夜中の帰省はしないと言う。

山間のバス停