【編集者注】

本資料は、フリーライター田中広(42歳)の失踪に関連して回収された記録類を編纂したものである。田中の依頼人である出版社の担当編集・林奈緒子が、警察による捜索終了後に個人的な調査を開始し、以下の資料を収集した。

田中は二〇二五年十一月七日を最後に連絡が途絶えた。翌八日の朝、彼の車が兵庫県北部の廃校「旧・鴨下第二小学校」前の駐車場に、エンジンをかけたまま発見された。

田中はいなかった。

現在も、行方不明のままである。


【取材ノート抜粋①】 2025年10月18日

鴨下第二小学校について、地元では「音楽室だけ、いつ行っても温かい」という話がある。

廃校になったのは二〇〇二年。生徒数の減少による統廃合で、特に不審な点はないはずだった。ただ、元教頭の篠原氏(現在八十代)から突然連絡があり、「直接、話したいことがある」と言ってきた。

来週末に訪問予定。

地域の廃校ルポとして売り込める。怪談でも社会問題でも、どちらにでも転がせる素材だと思っている。


【取材ノート抜粋②】 2025年10月25日

篠原氏に会った。

彼は終始、視線が定まらなかった。

「音楽室には近づかないほうがいい。」

それだけ言って、それ以上は何も話さなかった。昔話や近況に終始し、こちらが水を向けるたびに話題を変えた。帰り際に一度だけ振り返り、こう言った。

「名前を書き留めておきなさい。あなた自身の名前を。」

意味が分からなかった。

廃校には入れた。校舎は朽ちているが、構造は残っている。音楽室は二階の奥。扉を開けようとしたが、なぜか手が止まった。

今日は引き返すことにした。


【取材ノート抜粋③】 2025年10月31日

再び訪問。今度は音楽室の中に入った。

ピアノが一台、残っていた。窓から差し込む夕陽がピアノを照らしていた。埃をかぶった鍵盤。でも、蓋が開いていた。

誰かが最近、開けたのか。

壁に黒板がある。消しかけで何かが残っていた。はっきりとは読めないが、数字のように見える。あるいは、名前か。

床板を踏むたびに、特定の一枚だけが沈む気がする。左奥の角、窓の下。確認しようとしたが、暗くなってきたので引き上げた。

廃校の音楽室。ピアノの蓋が開いていた

ピアノの蓋は、確かに開いていた


【取材ノート抜粋④】 2025年11月1日

奇妙なメールが届いた。差出人は「K.Matsuda」。本文のみ以下:

「あの学校には、名前のない子どもたちがいます。卒業記録にも転校記録にもない。在籍していたはずなのに、消えた子どもたち。私の母が教師をしていました。ずっと黙っていましたが、もう時間がないので。」


【K.Matsuda氏からのメール全文】 2025年11月1日 21:47

田中様

突然のご連絡を失礼します。鴨下出身の松田健一と申します。田中様の以前の記事を拝読し、連絡先を調べました。

一九九五年から一九九八年にかけて、鴨下第二小学校の在籍記録に不自然な欠落があります。転校届も卒業証書もない児童が、少なくとも八名。地域の人口統計とも一致しません。

母は長年、「あの子たちは音楽室に連れていかれた」と繰り返しています。現在は認知症の症状もあるため、誰も信じません。ただ、母の日記に、日付と名前の一覧が残っていました。八名分。

田中様の取材が、真相に近づいていると信じています。

どうか、音楽室の床を確認してください。


【取材ノート抜粋⑤】 2025年11月3日

松田氏のメールを何度も読んだ。

一九九五年。在籍記録の欠落。八名。

今日、役所に行って廃校当時の学籍簿を確認しようとしたが、当該年度の一部が「水害による損傷」で廃棄されているという。

偶然か。

音楽室の床。左奥の角。もう一度、見に行く。


【取材ノート抜粋⑥】 2025年11月5日

見た。

床板の一枚が、他と明らかに異なる。釘の打ち方が違う。後から張り替えた跡がある。

その下に何があるか、確かめる必要がある。

道具を用意する。あと二日。


【取材ノート抜粋⑦】 2025年11月7日

(この項、文字の乱れあり。以下は判読できる範囲での転記)

今夜、行く。もうわかっている。

篠原氏が最後に言ったこと。「名前を書き留めておきなさい」。

松田氏のメール。八名分の名前。床板の下に、何かある。

名前を、書いておかなければ

私の名前は

田中 広

(※以下、別の筆跡。明らかに別人、もしくは別の状態の人間が書いたもの)

たなか ひろし

あなた の なまえは なんですか

田中広のノート末尾。末尾数行の筆跡は、本人のものではない

末尾数行の筆跡は、田中本人のものではない


【調査メモ 林奈緒子 記】 2025年12月1日

以上の資料を改めて整理した。警察の捜索は十一月末に終了。田中は現在も行方不明のまま。

音楽室について、警察の調査結果を確認した。左奥の床板は確かに「浮いていた」が、下は土のみで、「異状なし」との報告だった。

ただ、一点だけ、警察の報告書に記載がなかったことがある。

現場を再訪した際、私自身が直接確認したことだ。

音楽室の黒板に、文字があった。

田中のノートには「消しかけで残った文字。はっきり読めない」と書いてある。

だが、私が見たとき、それははっきりと読めた。

八つの名前と、一つの新しい名前が書いてあった。

新しい名前は、田中広だった。

音楽室の黒板。八つの名前と、田中広の名前が書かれていた

九番目の名前だけ、筆跡が新しかった


写真を撮ろうとシャッターに指をかけた瞬間、背後から音がした。

ピアノの鍵盤が、一音、鳴った。

誰もいないはずの部屋で。

蓋の閉まっているはずのピアノから。

私は振り返った。


本資料の編纂は、ここで止まっている。

林奈緒子も、十二月三日以降、連絡が取れなくなった。

なお、本資料を整理した担当者より一点付記する。

林のメモの最終ページ、日付も署名もないページに、一行だけ走り書きがある。

「名前を書き留めておきなさい」

——回収記録、終——


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