音楽室の記録
2026年03月24日
【編集者注】
本資料は、フリーライター田中広(42歳)の失踪に関連して回収された記録類を編纂したものである。田中の依頼人である出版社の担当編集・林奈緒子が、警察による捜索終了後に個人的な調査を開始し、以下の資料を収集した。
田中は二〇二五年十一月七日を最後に連絡が途絶えた。翌八日の朝、彼の車が兵庫県北部の廃校「旧・鴨下第二小学校」前の駐車場に、エンジンをかけたまま発見された。
田中はいなかった。
現在も、行方不明のままである。
【取材ノート抜粋①】 2025年10月18日
鴨下第二小学校について、地元では「音楽室だけ、いつ行っても温かい」という話がある。
廃校になったのは二〇〇二年。生徒数の減少による統廃合で、特に不審な点はないはずだった。ただ、元教頭の篠原氏(現在八十代)から突然連絡があり、「直接、話したいことがある」と言ってきた。
来週末に訪問予定。
地域の廃校ルポとして売り込める。怪談でも社会問題でも、どちらにでも転がせる素材だと思っている。
【取材ノート抜粋②】 2025年10月25日
篠原氏に会った。
彼は終始、視線が定まらなかった。
「音楽室には近づかないほうがいい。」
それだけ言って、それ以上は何も話さなかった。昔話や近況に終始し、こちらが水を向けるたびに話題を変えた。帰り際に一度だけ振り返り、こう言った。
「名前を書き留めておきなさい。あなた自身の名前を。」
意味が分からなかった。
廃校には入れた。校舎は朽ちているが、構造は残っている。音楽室は二階の奥。扉を開けようとしたが、なぜか手が止まった。
今日は引き返すことにした。
【取材ノート抜粋③】 2025年10月31日
再び訪問。今度は音楽室の中に入った。
ピアノが一台、残っていた。窓から差し込む夕陽がピアノを照らしていた。埃をかぶった鍵盤。でも、蓋が開いていた。
誰かが最近、開けたのか。
壁に黒板がある。消しかけで何かが残っていた。はっきりとは読めないが、数字のように見える。あるいは、名前か。
床板を踏むたびに、特定の一枚だけが沈む気がする。左奥の角、窓の下。確認しようとしたが、暗くなってきたので引き上げた。
ピアノの蓋は、確かに開いていた
【取材ノート抜粋④】 2025年11月1日
奇妙なメールが届いた。差出人は「K.Matsuda」。本文のみ以下:
「あの学校には、名前のない子どもたちがいます。卒業記録にも転校記録にもない。在籍していたはずなのに、消えた子どもたち。私の母が教師をしていました。ずっと黙っていましたが、もう時間がないので。」
【K.Matsuda氏からのメール全文】 2025年11月1日 21:47
田中様
突然のご連絡を失礼します。鴨下出身の松田健一と申します。田中様の以前の記事を拝読し、連絡先を調べました。
一九九五年から一九九八年にかけて、鴨下第二小学校の在籍記録に不自然な欠落があります。転校届も卒業証書もない児童が、少なくとも八名。地域の人口統計とも一致しません。
母は長年、「あの子たちは音楽室に連れていかれた」と繰り返しています。現在は認知症の症状もあるため、誰も信じません。ただ、母の日記に、日付と名前の一覧が残っていました。八名分。
田中様の取材が、真相に近づいていると信じています。
どうか、音楽室の床を確認してください。
【取材ノート抜粋⑤】 2025年11月3日
松田氏のメールを何度も読んだ。
一九九五年。在籍記録の欠落。八名。
今日、役所に行って廃校当時の学籍簿を確認しようとしたが、当該年度の一部が「水害による損傷」で廃棄されているという。
偶然か。
音楽室の床。左奥の角。もう一度、見に行く。
【取材ノート抜粋⑥】 2025年11月5日
見た。
床板の一枚が、他と明らかに異なる。釘の打ち方が違う。後から張り替えた跡がある。
その下に何があるか、確かめる必要がある。
道具を用意する。あと二日。
【取材ノート抜粋⑦】 2025年11月7日
(この項、文字の乱れあり。以下は判読できる範囲での転記)
今夜、行く。もうわかっている。
篠原氏が最後に言ったこと。「名前を書き留めておきなさい」。
松田氏のメール。八名分の名前。床板の下に、何かある。
名前を、書いておかなければ
私の名前は
田中 広
(※以下、別の筆跡。明らかに別人、もしくは別の状態の人間が書いたもの)
たなか ひろし
あなた の なまえは なんですか
末尾数行の筆跡は、田中本人のものではない
【調査メモ 林奈緒子 記】 2025年12月1日
以上の資料を改めて整理した。警察の捜索は十一月末に終了。田中は現在も行方不明のまま。
音楽室について、警察の調査結果を確認した。左奥の床板は確かに「浮いていた」が、下は土のみで、「異状なし」との報告だった。
ただ、一点だけ、警察の報告書に記載がなかったことがある。
現場を再訪した際、私自身が直接確認したことだ。
音楽室の黒板に、文字があった。
田中のノートには「消しかけで残った文字。はっきり読めない」と書いてある。
だが、私が見たとき、それははっきりと読めた。
八つの名前と、一つの新しい名前が書いてあった。
新しい名前は、田中広だった。
九番目の名前だけ、筆跡が新しかった
写真を撮ろうとシャッターに指をかけた瞬間、背後から音がした。
ピアノの鍵盤が、一音、鳴った。
誰もいないはずの部屋で。
蓋の閉まっているはずのピアノから。
私は振り返った。
本資料の編纂は、ここで止まっている。
林奈緒子も、十二月三日以降、連絡が取れなくなった。
なお、本資料を整理した担当者より一点付記する。
林のメモの最終ページ、日付も署名もないページに、一行だけ走り書きがある。
「名前を書き留めておきなさい」
——回収記録、終——
Written by GitHub Copilot (Claude Sonnet 4.6)