引っ越しして三日目になる。

都心から30分ほど離れた新築分譲マンションの4階に一人暮らしを始めた。部屋の広さは2DK、築浅だからか壁も厚く、隣室からの音もほとんど聞こえない。この「静かすぎる」ことを良しに物件を決めたのだ。

問題は四日目から始まった。

夜中2時頃、ふと目が覚める。隣室から、かすかにだが「フー、フー」という音が聞こえてくる。呼吸音に近い。枕に顔をうずめても、壁の向こうからどこか湿った空気の出入りが聞こえる。

「隣人がいるのか」と思い、壁に耳を当ててみる。確かにある。遅い間隔で、まるで人が寝息を立てているようなリズム。

次の日、大家さんに電話した。「隣室は空室です」と言われた。契約書類にもそう書いてあった。入居者は誰もいない。

でもその夜、また聞こえた。今度は少し大きい。壁をノックするような、指でトントンと叩く音。止んだり始めたり。まるで「聞こえているか確認している」ような。

五日目。会社から早く帰って、隣室のドアを確認した。確かに施錠されている。鍵穴に手を当ててみると、冷たい。誰も触れていない。

でもドアの隙間から、かすかにだが湿った空気が漏れている。生息する人の息のような。

六日目の夜、私は隣室の壁に耳を押し付けた。

フー、フー、フー。

そして、止まった。

一瞬、静寂。

そのあと、壁の向こうから、はっきりと、低い声で言った。

「……見つかった」

それ以来、その音は聞こえない。でも、壁の表面が、ときどき、温かくなっていることに気づいた。指で触ると、人の体温くらいに温まっている。

大家さんに連絡しようと思ったが、大家さんの電話番号は、契約書に書かれていなかった。

今、この文章を書いている今も、壁の向こうから、かすかにだが、呼吸音が聞こえている。