実は、僕の話なんだけど。

去年の冬から、家の近くにある24時間ジムに通い始めた。 月額5,000円くらいで、マシンが揃っていて、シャワー室もある。 仕事が終わるのが遅い僕には、深夜に練習できるのが一番のメリットだった。

ジムは地下1階にある。入口は地上にあるけど、エレベーターで降りると、自動ドアが開いて、除湿された空気が顔に当たる。

ある日のこと。深夜2時頃、ジムに入ると、トレーナーの女性はすでに不在で、インターホンで「鍵は開けてあります」という音声メッセージが流れるだけ。自販機の隣にある鍵のボックスからカードキーを取って、入館するシステムだ。

フロアに入ると、薄暗い中、一台のトレッドミルだけが点灯していた。

僕のいた階にはトレッドミルが5台あるけど、そのうち4台は電源オフ。残りの一台が、走っていた。

表示画面には「速度4.5 / 時間02:17:33 / 距離9.8km」と出ている。

2時間以上も走っているってこと? でも、誰も乗っていない。

「誰かいる?」って声掛けしたら、インターホンの音声と同じ、機械的な女性の声がスピーカーから流れてきた。

「ご利用ありがとうございます」

何のことだかさっぱりわからないまま、僕は別のマシンでウェイトトレーニングを始めた。トレッドミルの方は、ずっと走り続けていた。

15分後、ふと目線をやると、トレッドミルの表示が変わっていた。

「時間02:33:11 / 距離10.5km」

走ってるんだ。誰も乗ってないのに、ベルトが回ってる。

僕は少し不気味だなって思ったけど、まあ、機械の故障かなって思った。次の日にスタッフに言おうってことで、そのまま放置した。

トレーニングを終えて、ジムを後にする時、ふとトレッドミルを見ると、表示がまた変わっていた。

「時間03:01:47 / 距離11.7km」

そして、ベルトの端に、小さな黒いものが乗っていた。

靴のサイズがわかるくらい、小さくて、丸い形。

僕はそれを指でつまんで取り上げた。

靴下だった。片方だけ。右足用。

誰も履いてなかった靴下が、トレッドミルの端に、ぽつんと乗っていた。

僕はそれをトレーナーの女性に渡そうと思ったけど、その時、インターホンからまた音声メッセージが流れた。

「鍵のボックスは、もう空です」

僕が振り返ると、入口の鍵のボックスには、カードキーが戻されていた。

でも、僕は今、そのカードキーを持っている。

胸のポケットに入ってる。確認した。

インターホンからは、また別のメッセージが流れてきた。

「ご利用ありがとうございます。お忘れ物を回収しました」

その夜から、僕はそのジムに通ってない。

でも昨日、朝のニュースで、地下の24時間ジムで、先月の夜に誰かが失踪したって報道があった。

失踪した人の名前も、僕も知っている人だった。

その人の靴下の片方が、トレッドミルの上に見つかったって。

深夜のジムで走るトレッドミル