地下3階に13号室があった
2026年11月18日
某大手コンサルティングファームに新卒で入社して、2年目の冬のことだ。
会社は丸の内にある20階建てのビルに入っていた。地下1階にカフェ、2階にロビー、3階から20階までがオフィスという構成で、地下2階に駐車場、地下3階にサーバー室があった。
サーバー室は鍵のかかった部屋で、社員が降りるのはIT部門の人間だけ。普段は誰も通らない廊下だ。
ある日、IT部門の同期から「地下3階のサーバー室、空调が効いてなくて暑いから、一時的に2階の会議室使ってくれない?」と頼まれた。その日は大規模なシステム移行作業で、一時的に仮設の作業環境が必要になっていた。
「地下3階の廊下、暗いけど大丈夫?」と聞くと、「問題ないよ。非常灯ついてるし」と軽く返された。
地下3階に荷物を運んでいったのは、午後11時を回った頃だった。朝から20階の会議室でクライアントとのプレゼン資料作り、その後にサーバー設定の打ち合わせ。徹夜作業の始まりだった。
地下3階のエレベーターを降りると、予想以上に廊下が暗かった。壁面の非常灯が薄 orange に光っているだけで、蛍光灯は全部消えている。
「あ、でも13号室のドア、開いてるね」同期が言った。
地下3階の廊下はL字型で、エレベーターホールから右に曲がった先にサーバー室がある。その廊下の突き当りに、13号室というプレートがついたドアがあった。
「地下に13階なんてありえないよな。11号室の次が13号室ってことは、12号室がないってことだろ」
そう言われて気づいた。確かに11号室の隣は13号室だった。12号室がない。
「昔のビルだと不吉な数字を飛ばすことがあるって、よく聞く話だよね」
同期はそんなことどうでもよさそうに、サーバー室のラックにアクセスし始めた。僕はその間、13号室のドアが完全に開いたままになっているのが気になってた。
中からは薄っすらと光が漏れていた。
「あの部屋、普段閉めてあるんじゃない?」
「ああ、使わないから放っておけば。鍵あるかも」
仕事中、何度か13号室の方をチラチラ見てしまった。光は絶えず漏れ出していて、廊下の暗さに溶け込むように薄く広がっていた。
作業が一段落して、午後2時くらいになった頃、ふと13号室の中が見えた。
部屋は広かった。机が一つ、椅子が一つ、そして壁一面の本棚。本棚にはファイルがびっしりと並んでいた。
でも一番気になったのは、床に敷かれたカーペットだった。
薄黒いカーペットの中央に、丸いシミがあった。水滴が染み込んだような、直径50cmくらいのある円形のシミ。
「あれ、水漏れしてる?」
同期が部屋に入ってきて、シミを見て「ああ、あそこ、昔エアコンの配管が詰まって水が出たんだっけ。修理したけど、カーペットまで替えてないね」
その時、僕がシミの端を指で触ろうとした瞬間だった。
シミが、ゆっくりと広がった。
指で触った部分から、水分が染み出すように、カーペットがさらに黒く濡れていく。
「同期、これ今広がった」
同期は「ほら、エアコンまだ直ってないんだから」と、取り合わずにサーバーラックに戻った。
その夜、僕らは徹夜で作業を続けた。13号室の光は消えず、シミも広がったまま。でも、あまりにも疲れていたから、気に留めずに作業を続けた。
翌朝、朝の7時頃、同期が「もう帰ろう」と言い出した。荷物を片付け終えて、エレベーターホールに向かった時、ふと13号室のドアから声が聞こえた。
誰かが話している声だった。
地下3階の廊下は誰もいないはずだ。同期もサーバー室に戻った。僕だけが残っていた。
声をよく聞いてみると、それはまるで会議室での議事のようだった。
「次は……あの新人……」
「まだ早いよ。もっと様子を見よう」
背筋が凍った。僕はその足でエレベーターを呼び、20階に駆け上がった。
その日以来、13号室には入らないようにした。ある日、社内の建物管理の担当者に13号室のことを尋ねてみた。
「地下3階の13号室? ああ、あの部屋は……昔、担当者がそこで亡くなったんです」
「亡くなった?」
「過労死です。深夜の作業中に、心臓発作で。それ以来、あの部屋は誰も入れないことになって。でもサーバーの配線が通ってるから、完全に封鎖もできない。だからドアだけ開けてあるんです」
「同期は、あの部屋のことを……」
「同期さん? ああ、あの部屋で亡くなった方と同じ名前の方ですね。もしかしたら、気に障ることを言ってしまったかもしれません」
同期にそのことを尋ねてみたことはある。でも同期は「そんな話、聞いたことないよ」と、全く覚えていなかった。
今でもたまに、地下3階のエレベーターを降りるとき、13号室から薄い光が漏れているのを見る。
そして、誰かが話している声が聞こえることがある。