押入れの向こう
2026年08月01日
田中裕二は一軒家に引越してから三日目だった。
押入れを開けたのは、布団をしまおうとしてからだ。二段式の和紙の扉が擦れる音とともに開くと、中は意外に深く暗い。奥まで手を入れてみると、古い着物や毛布がぎゅうぎゅうに詰まっている。その中で何かが硬い物を触った。
「……?」
裕二は手袋を脱ぎ、素手でその中へもう一度入れた。手の甲が木の板にくっついたような触感。押入れの壁に何か打ち込まれた釘かと思い、引っ張ってみると細長い金属棒だった。錆びついていて、何に使われる物かはわからなかった。
次の夜、裕二は就寝後すぐに眠気に襲われた。三半規管が新しく環境に合わせて再構築されるまでの自然な現象だと知っていたので、何も疑わなかった。
だが深夜に目が覚めた時、押入れから音が続いていることに気がついた。
カサカサ……カシャッ……
裕二は寝ぼけたまま布団を引きずって押入れの扉をこじ開けた。部屋に設置したモバイルライトが押入れ内部を照らすと、布団や着物の山が崩れ落ちて床一面に広がっている。「猫が入った?」と半ば笑いを混ぜて思っていた裕二だったが、音の音が止んだことに気がついたのだ。
完全な沈黙。押入れは静かに扉を開けたままだ。
次の日の朝、敷物の上に泥のような黒い跡が三本平行に引かれていた。窓も部屋の他の箇所に痕はない。裕二は警察へ連絡しなかった。
その夜また音がした。だが今回はカサカサではなかった。
ノック。押入れの奥底から、規則正しいノックが続く。
一打目。間隔をあけて—— 二打目。 三打目。
そして四打目は、押入れの中からではない音で裕二は気づいた。部屋の隅に設置した防犯カメラが映す画面。押し入れの扉が外から開き始めたのだ。
裕二が慌ててカメラへ近づいたその時、押入れの扉が開いた。中は真っ暗だった。その奥の黒さの中に何かが座っていて、目が光っていた。
次の夜までに、裕二は一軒家を後にした。 それから一週間後。知人に貸してもらったアパートの壁を叩くと、向こう側から同じリズムでノックが返ってきた。 三つの部屋すべてが同じだった。
目には見えないものではなく、壁の向こうに人にいるかのように規則正しいリズミカルな叩きが——。