実家の押し入れから、毎日消えるもの
2026年08月15日
実家が実家にある理由で、年に数回しか帰らない。
去年の年末、祖母の整理を手伝うため帰省した。二階の廊下沿いにある押し入れが開け放ってあり、祖母曰く「もう開けっ放しでいいわ」だったらしい。
押し入れには段ボール箱が二十箱ほど積んであって、その上から埃が白い布のようにかかっていた。
「これ、全部おばあちゃんの服?」
「ううん、おじいちゃんの。戦争の頃の服もあるし、古い写真も入ってる」
祖母がそう言うと、そっと廊下へ戻っていった。
その夜、二階でスマホをいじっていたら、何かに気づいた。
押し入れのドアが、閉まっているのだ。
開け放って記憶している。確かめたわけではないが、祖母が「開けっ放し」と言っていたので、多分そうだろう。
でも今、木製の引き戸がぴったりと閉まっていた。
「祖母が閉めたのかな」
そう思って、また開けて二階へ戻った。
翌朝、目が覚めるとまた閉まっていた。
今度は少し気になる。祖母は朝早くから畑に出ている。一人暮らしではないが、この家は広い。二階に上がってくることはあるが、押し入れのあたりまで来るのか。
「たまたま風で閉まったんだろ」
そう自分に言い聞かせて、朝食へ行った。
三日目、押し入れのドアが閉まっていたのは、もう慣れっこになっていた。
でも、何か違うことに気づいた。
押し入れの段ボール箱の並べ方が、昨日と違っていたのだ。
一番手前にあった「写真」の箱が、二番目になっていた。左から右へ、箱がずれていた。
「おじいちゃん、写真が入ってるの」
私はそう呟いた。
でも、その瞬間、何かが胸の奥で冷たくなった。
祖母は畑に出ている。私が帰っているのも、昨夜からまだ十二時間しか経っていない。
誰が箱を動かしたのか。
その夜、私は押し入れのドアを開けたままにした。
スマホのカメラを三脚にセットし、押し入れのドアに向かって録画を開始した。
二階の部屋で、画面上の押し入れを凝視した。
深夜二時を回った頃、画面の中で何かが動いた。
押し入れの奥の方、埃の山がゆっくりと、自分から移動していた。
人間が動いたのではない。埃が、まるで何かの形に従うように、波打つように流れていた。
そして、埃が流れた先にあった段ボール箱が、ゆっくりと引き出されていった。
箱のフタが開く。
中から、黒い影のようなものが、ゆっくりと顔を出した。
それは、人間の手ではなかった。
指が三本、関節が逆向きに曲がっている。
その手が、カメラの方を向いた。
スマホの画面が、突然真っ暗になった。
次の日、私は押し入れを開けた。
箱は元通りだった。埃も、元に戻っていた。
でも、一番手前にあった写真の箱のフタが、わずかに開いていた。
その中から、一枚の写真が落ちている。
写真には、私の実家の二階の部屋が写っていた。
撮影時刻は、昨夜の深夜三時。
写真の中で、私の背がベッドの上で動いていた。
裏面には、黒いインクでこう書かれていた。
「また、観てる」
私はその夜、実家を離れた。
もう二度と戻らないことにした。
でも、今、この原稿を書いている今も、私の部屋にあるスマホのカメラアプリが、勝手に開いている。
画面の中、私の背後に、何かが立っている。