地下三階の表示と、水に浮かぶ足元

知人が実際に体験した話なので、そのまま伝える。

知人の田中(28歳、東京・世田谷の不動産会社勤務)は、毎晩のように残業するタイプだった。特に月末は22時を回るのが当たり前で、今夜もエレベーターホールで降りる階を選びながら、スマホでメールをチェックしていた。

地下二階駐車場。いつものことだ。

田中は「B2」のボタンを押した。ボタンが点灯する。エレベーターはゆっくりと下り始め、内張りのステンレス壁に彼の疲れた顔が映っていた。

その時だ。

階数表示が、B2からB3に変わった。

「え?」

田中は首をかしげた。降りるつもりはなかった。押したのはB2だ。確認のため、もう一度B2のボタンを押した。ボタンは点灯している。なのに表示はB3のまま。

エレベーターは止まらない。下り続けている。

「あれ、止まらない?」

田中は非常通報ボタンを押した。応答音は流れるが、向こうからは何も聞こえない。ただ、静寂だけが延々と続く。

その時、表示がまた変わった。

B3 → B4。

地下駐車場にB4なんてない。ビルには地下二階までしか駐車場がない。田中はそう思いながら、必死に非常通報ボタンを押し続けた。

すると、表示がB3に戻った。

「……?」

そして、エレベーターが止まった。扉が開く。

そこには、真っ暗な廊下が広がっていた。床には水が溜まっていて、天井の蛍光灯が一つも点いていない。壁には「地下三階」と書かれたプレートが、かすかに光っている。

田中は後退った。エレベーターの扉を必死に閉めようとしたが、ボタンが効かない。

その時だ。

エレベーターの隅に、小さな子供の足が見えた。

扉の外には誰もいない。なのに、足だけがある。水に浸かって、白く膨れた足。

田中は必死にスマホのライトを向けた。何もない。ただの暗い廊下。

しかし、階数表示は、今もB3のまま。

エレベーターの扉が、自分で閉まった。

それ以降、田中は同じビルを使わなくなったという。

ただ、一つ気になることがある。

彼の会社ビルの地下駐車場に、B3なんか存在しないはずなのに、ビル図面を確認した同僚が言ったのだ。

「実は、設計図にはB3も書いてあったよ。でも、実際に作るときに『誰も使わないから』って省かれたんだって」

「なんで誰も使わないの?」

「だって、B2の下の階は、もともと『機械室』なんだから」

「……でも、もしエレベーターがB3に行ったら?」

同僚は笑って言った。

「そんなこと、絶対起こらないよ」

田中は今でも、エレベーターに乗るたびに階数表示を見るそうだ。

B3に変わっていないか、ずっと確認している。