地下1階の駐車場で、ライトが勝手に点滅していた話
2026年09月21日
知人の話。彼の名前は田中(仮名)、32歳、都内のWeb企業に勤めている。
田中が2年ほど前に住んでいたのは、築15年のマンション。地下2階の立体駐車場に専用スペースがあった。
「地下1階に降りると、いつも変な違和感があったんだ」
田中がそう言い出したのは、ある金曜日の深夜だった。
彼が仕事から帰ってきて、地下駐車場に車を止めた時のこと。日頃の疲れもあって、その日はもう何も考えず、さっさと帰りたい気持ちでいっぱいだった。
車を降りて、エレベーターホールに向かおうとした瞬間、背後から「ピカッ」という光が目に入った。
振り返ると、自分の車のライトが点滅していた。
「あれ?」
誰もいない。地下駐車場には田中一人きりだった。
おそらく自動センサーが作動したのだろう。彼はそう思い、車に乗り込んだ。
エンジンをかけ、家の方へ向かおうとしていた。
その時だった。
「ピカッ、ピカッ、ピカッ」
またライトが点滅した。今度は一定のリズムで。
田中は凍りついた。
「やめて……」
彼はエンジンを止め、ドアから顔を出して周囲を見回した。
地下1階の駐車場は、薄暗い電灯が点在しているだけで、隅々まで明るくはない。柱の影が伸び、所々で水が滴る音が響いている。
誰もいない。
「またか」
田中は苦笑いして車に戻った。もう二度と点滅することはないだろう。そう思い、またエンジンをかけた。
その瞬間だった。
「ピカッ!!!」
今度は強烈な光で、車内が白く染まった。
田中は背もたれに体を押し付け、息を止めた。
ライトの光が、駐車場の柱の向こうに何かを照らし出しているのが見えた。
人影だった。
田中が息を殺して見ると、その人影はゆっくりと、自分の車の方向へ近づいてきた。
足音はしない。滑るように、床の上を漂うように近づいてくる。
田中の手が、ドアのハンドルにいった。
「開かない……!」
鍵がかかっていた。彼は慌ててロックを解こうとしたが、指がうまく動かない。
人影が車の横に立った。
田中は目を閉じた。
その時、ライトが止まった。
完全に、消えた。
車内は完全に暗闇に包まれた。
田中は目を閉じたまま、数秒間、動かなかった。
「……?」
静かだ。何も音がない。滴る音さえ、どこかへ消えていた。
そして、窓ガラスに、何か触れた感触がした。
指先が、外側から、ガラスを撫でるように動いていった。
田中は息を止めて、目を閉じたまま、その感触を待った。
触れられる。
触れられる。
触れられる。
三回。
そして、消えた。
田中は目を開いて、車内を点検した。
ライトはついている。エンジンは止まっている。
駐車場には、誰もいない。
「……バカな」
田中は、その場で泣きそうになった。
その日以来、田中は地下駐車場を使わなくなった。
エレベーターで直接、自分の車の止められた階まで降りるようになった。
「でも、まだ点滅するんだ」
田中が最後にそう言った時、彼の目はすでに、どこかへ行ってしまっていた。
「毎日、点滅する。でも、もう人影は出てこない」
「でも、ガラスに指が触れる感触は、まだする」
「もう、車には乗れない」