深夜の階下からピアノの音が聞こえる
2026年08月17日
知人が実際に体験した話です。
都内某所のマンションの三階に一人暮らしをしていた20代の男性。会社員で、残業がちな生活を送っていました。
ある夜、深夜2時過ぎに仕事から帰ってくると、ふと耳にしたのです。
ピアノの音。
クラシック曲の、どこか懐かしさを感じさせるメロディ。まるで古い映画のサウンドトラックのような、温かみのある音色。
「え?」
彼はその場で立ち止まりました。階下には、空室の部屋があるからです。前の入居者が去ってから半年以上、その部屋には誰か住んでいません。不動産屋にも確認済みでした。
「たまたまだろ。何かの音が誤魔化してるだけ」
そう自分に言い聞かせて、彼は自分の部屋に入りました。
でも、そのピアノの音は止まない。
むしろ、彼が自分の部屋に入ってからも、壁を伝わってくるように、はっきりと聞こえてくるのです。
ピアノの音色は、だんだん変わっていきました。
最初は懐かしいメロディだったのに、いつの間にか、不協和音に変わっていく。右手と左手が、まるで違うリズムで動いている。まるで、二人の人間が一つのピアノを弾いているような。
彼は寝転がり、イヤホンをつけて音楽を聴こうとしました。
でも、イヤホンから聞こえる音楽よりも、階下から響くピアノの音の方が、なぜか鮮明に聞こえるのです。
「おかしいな……」
彼はベッドから起き上がり、壁に耳を近づけました。
すると、ピアノの音が、はっきりと「ここから来ている」とわかる距離まで近づいていることに気づいたのです。
階下――ではなく、もっと近い。
彼の部屋の真下から、ピアノの音が聞こえている。
でも彼の部屋にはピアノなんてありません。
彼は慌てて階下を見に行こうとしました。でも階段を下りようとした瞬間、ピアノの音がピタリと止んだのです。
完全な沈黙。
それ以来、彼はそのピアノの音を二度と聴いたことはありません。
でも、知人は今でもこう言います。
「あの時、階段を下りなかったのは、運が良かったのか……それとも、私が階段を下りたら、ピアノの音が『私の部屋から』聞こえ始めていたからなのか」
「わからないんですよ。でも、ピアノの音が止まった瞬間、彼氏の部屋のドアから、かすかにピアノの音が漏れ出していたような……そんな気もするんです」
知人はその後、そのマンションから引っ越しました。
新しい部屋は、階下に誰も住んでいないことを、自分で確認してから決めたそうです。
でも、引っ越して一週間目。
夜中、ふと耳にしたのです。
ピアノの音。
今度は、自分の部屋の中から。