深夜の研究室

僕が学部四年の頃、研究室のことが今でも夢に出てくる。

場所は地方大学の理系棟、三階の奥。僕らの研究室は三十人ほどいて、昼間は騒がしいのに、夜十時を回ると途端に静かになる。僕はその静かさが好きで、よく残ってデータ処理をしていた。

ある金曜の夜、僕一人だけが残っていた。期末の課題で、次の朝までにグラフを仕上げなければならなかった。窓の外は暗く、廊下の非常灯がうっすらと床を照らしている。

そのときだった。

キィ——

真後ろから、椅子が軋む音がした。振り返ると、僕の隣の席の椅子が、ほんの少しだけ後ろに動いている。

「……誰かいる?」

誰もいない。廊下も見えた。隣の席は空だ。

「ふざけてるのか……」

そう言って戻ったら、また音がした。

キィ——キィ——

今度は二回。椅子が軋む間隔が、一定だった。まるで誰かが座って、体重を移動させているようなリズム。

背筋が凍った。振り返らないでモニターだけを見て、キーを打った。指が震えて、入力ミスが止まらない。

キィ……

三回目は、もっとゆっくりだった。そして、いつの間にか音が止んでいた。

振り返ると、隣は何も変わっていない。椅子の位置も、机の上の本も。ただ、椅子の座布団だけが、わずかにへこんでいた。

翌日も同じだった。夜十時半、僕だけが残っている。

キィ——

同じ音。同じリズム。振り返っても誰もいない。でも座布団は、へこんでいた。

三日目、僕は椅子の近くに立って見た。十秒、二十秒、三十秒——何も起こらない。

そして、四十五秒目。

キィ——

音と同時に、座布団がへこんだ。誰も触っていない。肉眼で見ているのに。

僕は逃げ出した。その夜以降、その研究室に入ることできなかった。

後で知ったことだけど、その椅子は、一年前に自殺した大学院生のものだったらしい。

でも、もっと怖いことがある。

今でも、どこかで誰かが椅子を軋ませているとしたら——それは、あの椅子だけではないかもしれない。