屋上の洗濯機が夜中三時に回っている
2026年09月18日
実話です。僕が一人暮らしを始めて三ヶ月目の話。
住んでいるのは築二十年のマンションで、洗濯機は屋上の共用スペースにある。各階にある「洗濯機置き場」ではなく、本当に屋上。階段を上がって鍵を開けて出る。
最初は気にしていなかった。ある夜、寝ていて聞こえたのだ。
ゴォォン、ゴォォン。
洗濯機の脱水音。夜中三時頃だ。
「また回してるの?」と不快感を抱えつつも、大家さんが深夜の洗濯を許しているのかと納得しようとした。
しかし、それが三日連続だった。
同じ時間。同じ時間帯に。夜中三時に屋上の洗濯機が回っている。
四日目の夜、僕は寝たふりをして、携帯電話の画面の明るさを最小にして時間を確認した。
02:58。
03:00ちょうどに、屋上からゴォォンという音がした。
僕はそっと布団から抜け出し、そっとドアを開けて、廊下に出た。階段の音が響く。屋上の鍵は昔からよく絡むので、鍵穴に油を差していた。その油の匂いが薄れたのも、このところのことだ。
屋上のドアを開けると、冷たい風が吹き抜けていた。屋上はコンクリートの床で、洗濯機が二台並んでいる。一台は大家さんの用、もう一台が共用。
共用の洗濯機のドアは閉まっている。でも、中のモーターが回っている音がする。
僕は近付いて、ドアの丸いガラス窓を覗いた。
中が回っている。衣類が水に浸かって、ぐるぐる回っているのが見える。でも、僕は今夜、洗濯をしていない。
もっと冷たいものが背中に走った。
衣類が、何枚か見えた。白いシャツ。紺のジーンズ。でも、それらは乾いた状態で、洗濯前のまま、干からびたように縮こまっているように見えた。
水に浸かっていない。
なのに脱水が回っている。
僕は後ずさりして、屋上のドアを閉めた。鍵をかけた。
その夜、僕は眠れなかった。朝、確認すると、洗濯機の中は完全に乾いていた。水滴一つない。
次の夜も、三時に音がした。
今度は、洗濯機の音が、脱水ではなく、注水の音だった。ボチャボチャ、ボチャボチャ。水が入ってくる音。
でも、洗濯槽は空だった。前夜も今夜も、中に入れた衣類は一つもない。
水が満タンになるまで、注水音が続いた。
次の日、大家さんに相談した。
「屋上の洗濯機が夜中回ってるんですけど」
大家さんは、しばらく黙ってから言った。
「あの洗濯機は、二十年前に壊れてますよ。配管も抜いてあります。水も通ってません」
僕は立ち尽くした。
その夜、僕は屋上のドアにテープを貼って、足場になるような物を置いた。誰も上がれないようにした。
三時が近づいた。
ゴォォン、ゴォォン。
音がした。
テープが破れる音。足音が階段を上がってくる音。
僕はその日、友達の部屋に泊まらせてもらった。
朝、戻って屋上のドアを開けると、テープは床に落ちていた。足場の物は横に倒して。
そして、屋上の共用洗濯機のドアが、少し開いていた。
中を覗いたら、洗濯槽の底に、一滴の水が、静かに揺れていた。