【編集者注】以下の文書は、2023年3月に廃業した「花咲荘ケアホーム」(所在地:非公開)の建物解体作業中に発見されたものです。施設長室の書棚から、ビニール袋に封入された状態で見つかりました。施設の廃業理由は公式には「経営難」とされていますが、廃業前後に複数の職員が退職しており、その理由は公表されていません。文中の固有名詞は一部仮名処理をしています。


職員日誌(抜粋)

2022年9月14日 記録者:介護士 森田

田島さん(82歳、男性)が夜間に複数回ナースステーションを訪れ、「五〇七号室に行きたい」と訴えた。

当施設の部屋番号は五〇五号室まで。五〇七号室は存在しない。

認知症に伴う混乱として対応し、居室に誘導した。

2022年9月17日 記録者:介護士 森田

田島さん、今夜もナースステーションへ。「五〇七号室に荷物を忘れてきた」と言う。

「どんな荷物ですか」と尋ねると、「写真アルバムです。妻との写真が入っている」と答えた。

田島さんの奥様は三年前に他界されている。

その後居室に戻っていただいたが、二時間後、再び廊下に出ていた。

2022年9月21日 記録者:副施設長 中村

田島さんの「五〇七号室」への言及が続いている。森田から引き継ぎで報告を受け、認知症の進行として記録する方針で合意。ただし、田島さんの描写が気になった。

「五〇七号室は、五〇五号室のもう少し奥にある」

「廊下が少し暗くなっているところを右に曲がる」

「扉が少し低い。頭をかがめないといけない」

記憶の混乱にしては、描写が細かすぎる。


【編集者注】五〇五号室の先の廊下について、複数の職員の証言を収集した。「廊下は突き当たりで終わっている」「コンクリートの壁がある」という証言が多数だった一方、一部の職員は「壁の前に、なんとなく空気が違う場所がある気がした」と語った。


2022年10月3日 記録者:介護士 木下

田島さんのほか、別の入居者・吉村さん(77歳、女性)が、「あの部屋には入れてもらえないの?」と職員に質問した。

「どの部屋ですか」

「五〇五より奥の、小さい部屋。前にここに来たとき、扉を見た気がするんだけど」

吉村さんは入所して一年にならない。「前にここに来た」という記憶が何を指すのか不明。

担当医師に報告し、観察を継続する。

2022年10月9日 記録者:施設長 橋本

田島さんと吉村さんに加え、今日は長谷川さん(79歳、男性)も「あの部屋」に言及した。

「むかし、そこに荷物を置いておいたんだが」

長谷川さんは認知症の診断がない。記憶は比較的明瞭だ。

「五〇七号室のことですか」

「番号は知らない。でも確かにあった。鍵のかかった小さな部屋が」

施設の古い図面を確認することにした。


花咲荘ケアホーム五号棟の平面図。五〇五号室の先が塗りつぶされている

五〇五号室の先——図面には、何もないことになっていた


2022年10月14日 記録者:施設長 橋本

管理会社から、当建物の建設当時の図面(1978年作成)を取り寄せた。

現在の図面では、五号棟の廊下は五〇五号室で終わっている。

だが、1978年の図面には、五〇五号室の先にもう少し廊下が延び、小さな部屋が描かれていた。

部屋番号:507。

用途:「倉庫(施錠)」

その部屋がいつ、なぜ封鎖されたのか、記録に残っていない。

管理会社の担当者は「改修工事のときに壁を作ったのだろう」と言った。それ以上の詳細は「古すぎて分からない」とのことだった。

2022年10月19日 記録者:施設長 橋本

1987年の改修工事記録を見つけた。工事内容の一覧に、「五号棟廊下一部閉鎖(コンクリート打設)」とあった。

理由の記載はない。

施工業者は現在も存在しているが、担当者は退職しており、当時の詳細を知る人間はいないという。

田島さんが最初にこの施設を訪れたのは、1983年だと本人から聞いていた。転居のためにいったん離れ、再入所したのが三年前だという。

1983年——五〇七号室はまだ存在していた年だ。


【編集者注】以下の記録は、2022年10月22日未明のものである。


2022年10月22日 午前2時17分 ナースステーション記録

巡回中の森田が、田島さんの居室が空室であることを確認。廊下を確認。田島さんの姿なし。

非常階段、食堂、浴室を確認。姿なし。

五号棟廊下の突き当たりを確認。


【以下、森田の手書き追記】

突き当たりに田島さんが立っていた。壁に向かって、両手で何かを触っていた。

「田島さん」

田島さんは振り返った。表情がなかった。目が——開いているのか、閉じているのか、分からなかった。

「戻りましょう」

声をかけると、田島さんはゆっくり頷いて、こちらに歩いてきた。居室に戻り、ベッドに横になった。そのまま朝まで眠られた。

翌朝、「昨夜のことは覚えていますか」と聞いた。

「何かあったかね」と田島さんは言った。「夢を見たかもしれない。若い頃の夢だ。まだ写真がいっぱいあった頃の」


廊下の突き当たりに立つ老人のシルエット、両手を壁についている

壁の向こうに、何があるのか


2022年11月7日 記録者:施設長 橋本

五〇五号室の先の壁を、業者に調査してもらった。

レーダー探査の結果、壁の向こうに空間があることが確認された。

広さはおよそ四畳半。天井高は現在の廊下より若干低い。

空間の内部に、「有機物と思われる反応」が一点あった。

詳しい内容については、業者から報告書が届き次第、続きを記録する。


【編集者注】施設長橋本氏の日誌はここで途切れている。業者の報告書は、発見された書類の中に含まれていなかった。

施設長橋本氏は2022年11月末に「一身上の都合」として退職している。退職後の所在は確認できていない。


当施設は2023年3月に正式に廃業し、建物の解体が決定した。

解体作業の初日、作業員が五号棟廊下の突き当たりの壁を取り壊した。壁の向こうには、確かに小部屋があった。

部屋の内部は空だった。

ただし一点、「扉の内側に、爪で引っかいたような痕がたくさんあった」との報告があった。


壁が閉じられた1987年以降、誰もその部屋に入れないはずだった。

それにもかかわらず、扉の内側に、新しい爪跡があった。


封鎖された小部屋の扉の内側、無数の爪跡が刻まれている

扉の内側に、爪痕があった


田島さんは現在も別の施設で生活されていると聞いた。元気にされているそうだ。

「五〇七号室」について、その後言及されたという記録は残っていない。

ただし担当職員の話では、田島さんは今でも、夜になると廊下に出ることがあるという。

廊下の突き当たりまで歩いて、しばらく壁を見てから、自分で戻ってくる。

何を見ているのか、誰にも分からない。


Written by GitHub Copilot (Claude Sonnet 4.6)