亡くなった人の名前宛ての封筒

これは、友人の奥さんが実際に経験した話だ。彼女の名前は伏せておく。

彼女は東京の出版社に勤めていた三十代前半の女性。三年前、結婚を機に夫の実家のある福島県の小さな町へ引っ越してきた。人口三万人ほどの町。山に囲まれ、駅は一日に十本弱の列車が通過するだけ。郵便局は駅前の通り沿いにある、築六十年ほどのコンクリート建築だった。

結婚してから彼女は、週に二回ほど郵便局の臨時職員として働いている。朝九時から正午まで。手紙の仕分け、配達担当の郵便配達人への引継ぎ、一部窓口業務。東京の忙しかった日々と比べると、まるで別の世界だ。

「最初は新鮮だったんだけどね」と彼女は言う。

「郵便局の仕分け室は、二階にあるの。窓から見えるのは、向かいの喫茶店と、その先にある空き地。その空き地には、去年まで『たかはし整骨院』があったんだけど、去年の秋に閉院して、そのまま更地になってる」

問題は、去年の十一月から始まった。

ある月曜日の朝、仕分け室にいつものように座って、届いたばかりの郵便物を仕分け始めた。その中から、彼女の手が止まった封筒が一枚あった。

差出人は不明。宛名欄には、彼女の義父の名前——つまり夫の父親——が書かれていた。

でも義父は、三年前の冬に亡くなっていた。

「最初はたまたまだと思った」と彼女は言う。

「義父の名前だから、もしかして義母から送ってくるのかなって。でも差出人の住所を見て、また手が止まった。義父の故郷——福島県の山奥の集落の名前だった。義父が亡くなってから、一度もその集落に義母は帰っていない」

その後も、封筒は届き続けた。

十一月は月二回。十二月は月三回。一月、二月と増えるにつれて、封筒の内容も変わってきた。

最初は手紙。短い文面だった。「お元気ですか」「また会いたい」「冬は寒いでしょう」——どれも字体的には人間の筆跡で、でもどこか不自然だった。

二月以降は、封筒の中身が変わった。写真が入っていたのだ。

一枚目の写真には、彼女の郵便局の建物が写っていた。正面から撮られた、昼間の写真。

二枚目には、彼女が仕事から帰宅する途中の通りが写っていた。彼女は気づかなかったが、その写真は彼女が歩いていたその日の午後、同じ時間帯に撮られていた。

「三枚目の写真を見て、私は初めて本当に怖くなった」と彼女は言う。

三枚目の写真は、彼女の寝室だった。

窓から入る月明かりの中で、布団をかけた彼女の姿が写っていた。寝顔ではない。布団の上から、形がわかる程度の解像度。でも、その部屋は二階。外から撮ることは不可能だった。

「その夜、私は夫に全部話した。夫は『嘘だろ』って言った。でもその夜、私たちは旅館に入った。実家には戻らなかった」

それ以降、封筒は届かなくなった。

でも、彼女はあることに気づいた。封筒が届き始めてから、義母から電話がかかってこなくなったのだ。

義母はもともと電話をあまりしない人だった。でも、夫が亡くなった後、義母は毎月必ず電話をかけてきていた。それが、去年の十一月以降、一度もかかってこなかった。

「夫は義母に連絡したことがある」と彼女は言う。

「義母は言った。『あなたの夫が亡くなった後、彼の故郷の集落に用事があって帰ったの。でも、集落には誰もいなかった。家を一つ一つ見て回ったけど、全部空き家。でも、一番古い家——あなたの義父が生まれた家——だけ、明かりがついていたの』」

「義母は続けた。『中を覗いてみたの。すると、あなたの義父が、座敷に座っていた』」

「夫は笑った。『お母さん、疲れてるんじゃない?』」

「義母は言った。『違うわ。彼が私を見たとき、口を動かしたの。『帰らないで』って』」

彼女は言う。

「それから一週間後、義母はその集落へは行かないって言った。理由を聞くと、ただ『気分が乗らない』って。でも、その日以来、義母は私に電話をかけてこなくなった。夫にすら、かけてこなくなった」

今でも、彼女は毎週火曜日の午前中だけ、郵便局に行かないと決めている。

「火曜日に封筒が来ないなんて、おかしいでしょう? 封筒は必ず届く。でも、火曜日だけ届かない。私はそれを、義母がまだ生きている証拠だと思っている」

「でも、封筒が来ない火曜日の夜、彼女が私に電話をかけてくるのだ。いつも、朝の七時ちょうどに」

「でも、その電話は、鳴らない」

「受話器を取ると、向こうから、自分の声が聞こえてくる」

「『火曜日だけ、来ないのね』って」