カメラの画面で、私は自分と向かい合っていた。

アパートの一室に収められた小型監視カメラ——購入理由は「不在時の侵入対策」だった。液晶モニターをリビングの壁にかけておけば、スマホでもリアルタイムで確認できる。便利だと思った。しかしある水曜日の夜、私は3分先の未来を見ることになる。

20時14分にスマートフォンをチェックした瞬間のことだ。「あれ?」画面の中の私が、まだソファに座っていた。スマホを握った私の指先はすでに別の場所——キッチンで水を飲もうと蛇口の上に手を伸ばしていた。

3分のズレ。

最初はカメラのエラーだと思った。しかし画面の中の「未来の私」が目を上げると、真直ぐモニター——つまり過去の「今生の私」を見つめていた。口を動かす。声は届かない。ただ唇だけが揺れる。

読み取れた。 「見えないフリして。」

3分後のキッチンで、私は水を飲みながら何気なく壁のモニター glanced した。「映ってる?今のは……大丈夫だね」と呟いた。

画面の中の40秒後、「ソファに座る私」が立ち上がり、キッチンに向かって歩き始めた。ちょうど蛇口に向かって手を伸ばす瞬間。

「3分後には……俺はそれを理解するんだろ」と。

理解する。つまり見逃すことを決めたのだと悟るのは、それから約6ヶ月後のことだった。

その間にカメラの録画データが1万4千ファイル蓄積されたある日、私は全履歴を遡ることにした。3分前を見つめる自撮り映像——最初の不気味さが積み重なった結果、見えてきたのは一つの「ルール」だった。

3分先行する映像の私と、今の私の間には干渉不可能という壁が存在するが、同じ時間帯に発生している出来事は必ず重複していた。つまり過去にはすでに「ある選択の未来版」が映り込んであったのだ。

そして最後に気付いた——監視カメラ自体は機能していない。バッテリー切れで、常時録画停止状態だったと製造元に問い合わせてわかった。

ならば、誰が見ていたのか。

モニターを壁から外し、ケーブルを引き抜いた夜。スマホアプリの画面だけがまだ点灯し続けたので、無意識に押し込んだ。「ライブ配信」ボタンを。

映った映像——ソファに座る私——は3分先行した映像ではなく、今のままのリアルタイム写しだった。画面の中の私は目を上げるでもなく、ただじっと前方を見つめている。

モニターが黒くなるまで、3分の沈默が継続した。

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