先月、東京・世田谷で一人暮らしを始めた知人の話です。

引っ越しの最終日、彼は玄関に小型のWi-Fi接続カメラを取り付けました。防犯目的というより、宅配便の受け取りチェック用です。アプリの設定も終え、あとはベッドへ。

夜が更けた頃、スマホが vibrates した。

「玄関の動きを検知しました」

彼は眠気に目をやり、アプリを開いた。リアルタイム映像が読み込まれる。

白熱したLEDライトが点き、モノクロの夜間撮影映像が映る。玄関のドア、靴が並ぶ棚、そして何もない廊下。

「……誰もいない」

彼はスマホを置き、二度寝した。

三十分後、また通知が来た。

「玄関の動きを検知しました」

今度はアプリの録画再生を確認する。映像は三〇秒間、静かな玄関を映している。靴箱の前で、何かがフワリと揺れる。風もないのに、ドアの網戸が軽く揺れたあと、また静まる。

「換気扇か」

彼はそう思い、スマホを枕元に置いた。

その時、通知がまた来た。

「玄関の動きを検知しました」

今回はリアルタイム映像ではなく、直前の録画ファイルが自動的に生成されていた。三〇秒の映像を再生する。

玄関のドアが開く映像——いや、開いていない。ドアは閉まったまま。だがその前、ドアの網戸の向こうに、誰かが立っているのが映っていた。

シルエットははっきりしない。ただ、網戸越しに、玄関の床をじっと見つめているような、その存在の視線だけが増幅されたノイズの中に浮かび上がる。

知人は背筋が凍るのを感じた。

すぐにアプリで「現在地」を確認する。カメラは玄関を映している。しかし、映像には誰もいない。

「おかしい……今、確かに——」

その時、玄関から、かすかに「ポタッ」という音がした。

水が滴る音。

知人は部屋から玄関へ歩き、ドアの隙間から外を覗いた。廊下の照明はついたまま。網戸越しに玄関を見ると、靴が並ぶ棚の前に、小さな水たまりができている。

しかし、雨の日ではない。窓も閉まっている。

彼はカメラのアプリをもう一度開いた。録画履歴を見ると、先ほどの三〇秒の映像の続きが自動で記録され始めていた。

再生する。

網戸の向こうのシルエットが、ゆっくりと、カメラの方向へ振り返る。

そして、網戸を開ける音。

映像がそこで止まる。バッテリー切れだったのか、それとも——

知人はその夜、友人の家に泊まらせたそうです。

次の朝、彼は一人で家に戻り、カメラのSDカードを抜いて確認した。

録画は確かに、最後のフレームで途切れていた。

しかし、彼がその時感じたのは、カメラの赤いLEDライトが、消えていなかったことでした。

部屋の中からでも、玄関の方向に、かすかに赤く光っているのが見えた。

電源を抜いても、ライトは点いたままだった。

今でも、知人のスマホには「玄関の動きを検知しました」という通知が、たまに来るそうです。

毎回、映像には誰もいない。

でも、水たまりだけが、たまに増えていることがある。