共用浴室

毎朝、湯が張られている

僕がそのシェアハウスに入ったのは、去年の秋のことだった。

家賃三万五千円。都心から四十分の郊外、駅からも徒歩十五分。シェアハウスといっても、住人は僕を含めて四人だけだ。二階建ての一棟をまるごと借りて、二階を四人の個室、一階にキッチンと共用バスルームがある。

最初のうちは良かった。安い、広い、新しい。

問題は、引っ越して二週間目から始まった。

毎朝、共用バスルームの湯船に湯が張られているのだ。

最初は「あ、誰かが入ったんだな」と思っていた。でも、よく考えてみるとおかしい。

夜中、僕は絶対にバスルームには行っていない。他の住人も、夜中に湯を張る習慣があるようには見えない。

最初の発見

二週目の水曜日の朝、僕はいつもより早く起きた。五時頃だ。

トイレに行こうと一階に降りると、共用バスルームから白い湯気が立ち込めているのが見えた。

扉は半開き。中から、ほのかに硫黄の香りが漂ってくる。

湯船には、ちょうどよく湯が張られている。温度はちょうど良いくらい。蛇口は完全に閉まっている。

「誰かが入ったんだな」と思い、そのまま朝の支度を済ませた。

でも、その夜、僕は誓った。

絶対に、夜中にバスルームには行かない。

監視を始めた

三週目から、僕は対策を始めた。

まず、寝室に置いているスマホの録音アプリを、夜中ずっと回すようにした。次に、Amazonの安価なWifiカメラを、共用バスルームのドアの外側に設置した。

そして、寝た。

朝、スマホの録音を聴いてみた。

夜中三時十七分、バスルームから水が流れる音が録音されていた。

カメラの映像を確認した。

画面には、何も映っていなかった。

ドアの外側を映しているカメラなのに、三時十七分の映像には、バスルームのドアがゆっくりと開く様子が写っていた。

でも、誰もいない。

ドアが自分から開き、中から白い湯気が立ち上る。

そして、水が流れる音だけが、録音に残っていた。

他の住人に聞いてみた

「ねえ、夜中にお風呂入ることある?」

大家の女性に聞いてみた。五十代後半、いつも穏やかな人だ。

彼女は少し黙って、それから言った。

「あー、あの物件ね。前の入居者さんが…」

「前の入居者さん?」

「三人目に入った男性が、半年前に引っ越していったんだけど。彼が、夜中にお風呂に入っていたらしいの。『毎晩入るんだよね』って、他の住人から言われていたわ。」

「でも、今は誰もいないんですよね?」

彼女は黙った。

「あの物件、ね。前の入居者さんがいた頃、よく夜中に水が流れる音がしたんだって。大家さんが確認に行っても、誰もいなかった。でも水は流れ続ける。」

「それは、今も…」

「わからないわ。もしそうなら、もう戻ってきたのかもしれないね。」

今夜も湯が張られている

今日も朝、共用バスルームの湯船には湯が張られていた。

温度はちょうど良い。蛇口は閉まっている。

他の住人二人は、誰も気づいていないふりをしている。

僕は今夜も、カメラをセットして寝る。

でも、もうわかっている。

カメラには映らないということに。

湯の温度が、少しだけ高くなっていることに。

それは、誰かが入った跡ではない。

誰かが、今も入っているということだ。