シェアハウスの共用浴室に、夜中誰もいないのに湯が張られている
2026年08月21日
毎朝、湯が張られている
僕がそのシェアハウスに入ったのは、去年の秋のことだった。
家賃三万五千円。都心から四十分の郊外、駅からも徒歩十五分。シェアハウスといっても、住人は僕を含めて四人だけだ。二階建ての一棟をまるごと借りて、二階を四人の個室、一階にキッチンと共用バスルームがある。
最初のうちは良かった。安い、広い、新しい。
問題は、引っ越して二週間目から始まった。
毎朝、共用バスルームの湯船に湯が張られているのだ。
最初は「あ、誰かが入ったんだな」と思っていた。でも、よく考えてみるとおかしい。
夜中、僕は絶対にバスルームには行っていない。他の住人も、夜中に湯を張る習慣があるようには見えない。
最初の発見
二週目の水曜日の朝、僕はいつもより早く起きた。五時頃だ。
トイレに行こうと一階に降りると、共用バスルームから白い湯気が立ち込めているのが見えた。
扉は半開き。中から、ほのかに硫黄の香りが漂ってくる。
湯船には、ちょうどよく湯が張られている。温度はちょうど良いくらい。蛇口は完全に閉まっている。
「誰かが入ったんだな」と思い、そのまま朝の支度を済ませた。
でも、その夜、僕は誓った。
絶対に、夜中にバスルームには行かない。
監視を始めた
三週目から、僕は対策を始めた。
まず、寝室に置いているスマホの録音アプリを、夜中ずっと回すようにした。次に、Amazonの安価なWifiカメラを、共用バスルームのドアの外側に設置した。
そして、寝た。
朝、スマホの録音を聴いてみた。
夜中三時十七分、バスルームから水が流れる音が録音されていた。
カメラの映像を確認した。
画面には、何も映っていなかった。
ドアの外側を映しているカメラなのに、三時十七分の映像には、バスルームのドアがゆっくりと開く様子が写っていた。
でも、誰もいない。
ドアが自分から開き、中から白い湯気が立ち上る。
そして、水が流れる音だけが、録音に残っていた。
他の住人に聞いてみた
「ねえ、夜中にお風呂入ることある?」
大家の女性に聞いてみた。五十代後半、いつも穏やかな人だ。
彼女は少し黙って、それから言った。
「あー、あの物件ね。前の入居者さんが…」
「前の入居者さん?」
「三人目に入った男性が、半年前に引っ越していったんだけど。彼が、夜中にお風呂に入っていたらしいの。『毎晩入るんだよね』って、他の住人から言われていたわ。」
「でも、今は誰もいないんですよね?」
彼女は黙った。
「あの物件、ね。前の入居者さんがいた頃、よく夜中に水が流れる音がしたんだって。大家さんが確認に行っても、誰もいなかった。でも水は流れ続ける。」
「それは、今も…」
「わからないわ。もしそうなら、もう戻ってきたのかもしれないね。」
今夜も湯が張られている
今日も朝、共用バスルームの湯船には湯が張られていた。
温度はちょうど良い。蛇口は閉まっている。
他の住人二人は、誰も気づいていないふりをしている。
僕は今夜も、カメラをセットして寝る。
でも、もうわかっている。
カメラには映らないということに。
湯の温度が、少しだけ高くなっていることに。
それは、誰かが入った跡ではない。
誰かが、今も入っているということだ。