集合住宅の共同洗濯室で、回っている洗濯機
2026年09月07日
私は一軒家に引っ越すまで、十年ほど管理の厳しい集合住宅に住んでいた。
壁の厚さ、廊下の防犯カメラの有無、管理人の顔色——それらがすべて「住む場所の質」を決めると思っているタイプの人間だ。
その集合住宅の三階に、共同洗濯室があった。
各部屋に乾燥機付きの洗濯機が一台ずつ入っているタイプではなく、コインランドリーのような大型洗濯機が四台並んでいる部屋だ。
もともと私が住んでいた部屋には洗濯機が設置されていなかったため、毎日決まった時間に洗濯室へ足を運んでいた。
だいたい夜十時頃。
仕事から帰ってきて、シャワーを浴びて、洗濯物をまとめて、洗濯室へ——。
このリズムが三年続くと、人間の神経はある程度麻痺する。
洗濯物を入れる。洗剤を注ぐ。ボタンを押す。待つ。取る。
ただのルーチンワークだった。
それが変わったのは、ある火曜日の夜だった。
私はいつものように洗濯室のドアを開けた。
その瞬間、背後から「ゴォォン」という音が響いた。
振り返ると、一番奥の四号機の洗濯機が回っている。
しかし、洗濯室には私以外に誰もいない。
「誰かが入れ忘れでもしたのかな」
そう思い、四号機の中を覗き込んだ。
洗濯物は入っていない。洗剤入れも空だ。
なのに、洗濯槽がゆっくりと回っている。
排水口から少量の水が流れる音もする。
ただの水が、勝手に流れているわけではない。
洗濯機のプログラムが正常に動いている音だ。
私は背筋が凍るのを感じた。
「大丈夫だ。誰かがタイマー予約を入れたんだろう」
そう自分に言い聞かせて、洗濯室のドアを閉めて部屋に戻った。
次の日、朝の通勤電車の中で管理人の男性に聞いてみた。
「昨日の夜、三階の洗濯室で四号機が勝手に回っていましたが」
管理人は少し考えてから、こう答えた。
「いやあ、昨日の夜は点検で、洗濯室の電源を落としていましたよ」
その瞬間、私の頭の中が白くなった。
電源が切れているなら、なぜ洗濯機は回っていたのか。
その夜、私はあえて十時ではなく八時を回って洗濯室へ行ってみた。
誰もいない。洗濯機はすべて止まっている。
いつものように洗濯物を洗って、部屋に戻った。
しかし、その日以来、毎日同じ時間に洗濯室へ行っても、洗濯機が回ることはなかった。
ただ、一つだけ気になることがある。
洗濯室のドアの隙間から、夜中にわずかな光が漏れているのだ。
点検で電源が切れているはずの部屋から、なぜ光が漏れるのか。
私は昨夜、ついにそのドアを開けることにした。
洗濯室には誰もいなかった。
四号機の洗濯機は止まっている。
しかし、排水口から、ゆっくりと水が流れている音がした。
そして、洗濯槽の中を覗くと、中に一枚、濡れた白い靴下が一枚、漬かっていた。
私のは、白い靴下を二枚、洗ったはずだ。
もう一枚はどこに行ったのか。
昨夜、私が洗濯室のドアを閉めた後、誰かが入ってきたのだ。
そして、私の洗濯物を、もう一台の洗濯機で洗った。
その証拠に、一番左の一号機の中に、私のはずの白い靴下がもう一枚、漬かっていた。
しかし、電源は切れている。
誰が、どのように、電源が切された洗濯機を回したのか。
私は今、その靴下を自分の部屋に持ち帰った。
乾燥機にかけている。
しかし、乾燥機の温度センサーが異常を感知して、途中で止まってしまう。
通常の衣類ではありえない温度まで、靴下だけが加熱されているのだ。
そして今、この文章を書いている間も、背後から
「ゴォォン……ゴォォン……」
という音が、静かに聞こえてくる。
集合住宅の配管を通る、水の音だ。
しかし、私は今、一軒家に住んでいる。
水が流れる音は、私の家からは来ない。
どこから聞こえているのか。
わからない。
ただ、聞こえている。