朝六時の遺体棚
2026年07月25日
以下は「星の杜斎場」夜勤スタッフ 高槻敏男(38)が発見時に所持していた作業日誌のコピーである。原本は回収後紛失とされている。
一月十七日
昨夜の作業開始は午後十一時零七分だった。夜勤はいつも一人で、四人いる昼チームが持ち回りの勤務表を組んでいる。「朝まで見てて」と言われて入ったのだ。遺体棚十三基の片付け。通常十五体が限度だが、先日の車事故で十七 came in。整理して十二基目に入った段階であとは空いていた。何も問題なし。
二月三日
昨日夜勤中に、午前五時半頃にトイレに立つついでに通路を抜けたら、何かが見えた。第七棚が満杯になっていた。「もう入れたはずなのに」と確認したら、十三体全部が収まっている。つまり十四体目が入っていた。数えてしまった。数えずに済ませたかった。
三月十二日
先月の「その出来事」以来、私は夜勤のたびに第六棚から第七棚にかけて眼を皿にして見るようになった。「見なくてもいいものを見てはいけない」ということを学んでいない自分のほうがよっぽどまずい。
第四棚と第五棚の間にある壁には、いつも「M-06」と書かれたシールが貼ってある。元々何に使用されていたのかはわからない。施設移転時に元の名残としてそのままになっていたものであろう。
四月一日
また来た。今夜は午前二時十七分だ。第七棚の引き出しがほんの少し開いているのが見えた。開きは三㎝程度か。夜勤中の誰かが開けたわけではないと確認した(他の三人の勤務記録を見た)。
引き出しが開いた状態にはいつも何かしらの湿った音が伴う。水音を隠すため施設では常に換気扇を回しているが、それよりも低い周波数の振動だ。耳ではなく肋骨で感じる音というべきか。
五月九日
昨夜十三時四十二分頃に第七棚から手紙が届いたと聞かされた(夜勤中の出来事ではないので事実かどうか不明)。内容は遺体管理部門から出されたものではなく、明らかに外部からのものだ。宛名欄に「今夜来ないでください」と書かれているのが見えた。
署名は判読不能だったが、筆記具のインクの色が私自身のペンと同一であることに後になって気づいた。
六月二十三日
第七棚に十二基目が入ったという報告を受け取った朝だった。
しかしその日の夜を勤めた別のスタッフが「昨日の記録簿にはそんなことは書かれていない」と言い切ったため、私は先月の自分が書き込んでいたページを確認した。確かに、四月一日以前の分には「第七棚」の記述は一度も出てこない。ただし五月九日以降には、私の筆跡で不穏な一文が増えていた。
「朝に確認しないこと」。
これが今日から七ヶ月前に書かれたとすれば、それは一体誰がいつ書いたのだろうか。あるいは誰かが私ではないときに私としてこの日誌を書いていたのだとしたら……
その人間は、第七棚に入らなかった者にしか見えていないのかもしれなかった。
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