スマートインターホンが映す、廊下の影
2026年11月13日
知人の話だ。彼女は東京都心部で働く30歳の女性。数ヶ月前、念願のワンルームマンションに引越した。
そのマンションの売りは「最新鋭のスマートインターホン完備」。玄関の外にあるカメラが人を感知すると、室内のモニターとスマートフォンに通知が来る仕組みだった。
最初のうちは便利だった。宅配便の到着通知、訪ねてきた知人の顔写真付きアラート。「これなら不在になっても安心」と彼女は満足げだった。
問題は引越して二週間目から始まった。
深夜二時三十分。彼女を深い眠りから叩き覚ますのは、インターホンの通知音だった。
「もう一度、人が訪ねてきたよ」
彼女はおそるおそるスマートフォンを確認した。カメラの録画映像には、廊下に立っている人物のシルエットが写っていた。黒いコートを着た、長い髪の女性だ。
「誰だろう。深夜に訪ねてくる人なんて…」
彼女はインターホンのボタンを押し、廊下の様子を確認しようとした。モニターの画面には、廊下の映像が映し出されている。
しかし、誰もいない。
廊下は空だった。カメラの視野は広く、彼女の部屋の前の廊下全体が映っている。誰かいるはずがない場所に、先ほどの映像には女性が立っていた。
「映像の誤作動かな」
彼女はそう自分に言い聞かせ、眠りに就いた。
翌朝、管理会社に電話した。
「スマートインターホンの映像がおかしいんです。深夜に誰かが訪ねてきたのに、実際に確認すると誰もいません」
担当者はいくつか質問した後、言った。
「お部屋の隣のお宅には、まだ入居されていないんですよね?」
「ええ、そうですけど」
「そうですと、廊下に誰かが立つ理由がないですね。一度カメラの角度を調整してもらいましょうか」
彼女は納得できないまま、カメラの角度を調整してもらった。
しかし、その夜も同じことが起きた。
深夜二時三十分。通知音。スマートフォンには同じ女性のシルエット。モニターで確認すると、またもや廊下は空。
三日目、四日目。同じ時刻ではないが、毎晩のようにインターホンが鳴る。毎回、廊下に誰かが立っているのに、実際に確認すると誰もいない。
彼女は眠れなくなり、体重が五キロ減った。
そして、ある夜のことだ。
深夜一時。インターホンの通知が鳴った。彼女はおそるおそるスマートフォンをチェックした。
映像には、廊下に立っている女性が写っていた。
しかし、その女性は先までの長い髪の女性とは違っていた。短い髪で、青いジャケットを着ている。
そして、その顔がはっきりと映っていた。
それは、彼女自身だった。
「これは…私の顔?でも、今私は部屋にいるのに…」
彼女はその映像を何十回となく再生した。間違いなく自分の顔だ。髪型も、顔立ちも、青いジャケットも。引越した日に着ていたあのジャケットと全く同じだった。
翌日、彼女は管理会社に言った。
「昨日の映像を見てください。廊下に立っていたのが私です。でも、私は部屋の中にいました。一体どういうことです」
管理会社の担当者が映像を確認した後、静かに言った。
「お部屋の中から撮影された映像ですね。カメラの角度から、これは室内から撮られた画像です」
「でも、私は部屋の中にいました。誰かが…私に成り代わって」
担当者は黙った。そして、ゆっくりと言葉を選んだ。
「お隣のお宅に、先月入居された方がいます。その方から、『廊下で変な音がする』という通報があったんです。私たちが確認に行くと、廊下には何もありませんでした。ただ、床に水滴が…」
彼女は背筋が凍るのを感じた。
「水滴ですか?」
「はい。階段を上がっていく、まるで誰かが上から降りてきた跡が」
彼女はすぐにもう一度その映像を確認した。廊下の女性の足元。よく見ると、床に水滴が広がっている。
そして、女性の後ろに、階段が見えていた。
階段の影に、もう一人の人物が立っている。
彼女はスマートフォンを床に落とした。
夜が来るのが怖くなった。インターホンが鳴るたびに、また誰かが訪ねてくるのかと、心臓が飛び出しそうになる。
今でも、毎晩のように通知が来る。
そして、その映像には、毎回、彼女自身が廊下に立っている。
昨日の映像には、彼女自身の後ろに、もう一人の影が写っていた。
それは、長い髪の女性だった。