スマートロックの怪異

彼女がそのことに気づいたのは、火曜日の朝だった。

都内某所の築八年ほどのマンションの十二階に一人暮らしをしている、Sという二十五歳の女性の話だ。彼女は前職を辞めて転職活動中で、日中は家にいることが多かった。

「朝起きたら、スマートロックのアプリを開いてしまうんだ」

もともと鍵かけが下手な彼女は、出かけるたびに「施錠できたかな」と不安になり、アプリで確認するのが日課になっていた。施錠されていれば青いチェックマークが付き、解除されていれば赤い丸が表示される。

その朝もいつものようにアプリを開いた。

そして、画面を見て彼女は背筋が凍るのを感じた。

昨日の解除履歴に、見覚えのない名前が登録されていたのだ。

「田中太郎」

彼女の名前は「S」だ。家族もいない。友達に鍵を渡した覚えもない。

「アプリのバグかな」

そう思い、彼女はログを詳しく見た。

  • 10月18日 02:13 解除 — 田中太郎
  • 10月18日 02:47 施錠 — 田中太郎
  • 10月18日 04:02 解除 — 田中太郎
  • 10月18日 04:15 施錠 — 田中太郎

深夜二時と四時。二度も解除と施錠が繰り返されている。

「……ありえない」

彼女は即座にドアチェーンを掛け、スマホで防犯カメラのアプリを開いた。スマートロックと連動しているカメラだ。

録画データを再生した。

画面には、深夜二時十三分の自分の部屋のドアが映っていた。

ノブがゆっくりと、下から上へと回っていく。

そして、ドアがわずかに開く。

開いた幅は、わずか二センチ。それ以上は、チェーンがかかっていたから開かない。

その隙間から、何かが覗いた。

顔ではない。指だった。一本の指が、ドアの隙間から部屋の中をなぞるように、ゆっくりと動かれていく。

指先が、彼女の枕の近くに届いたところで、またドアが閉まった。

二度目の記録は四時二分。同じようにドアが開き、指が現れた。今度は二本指だった。

Sは録画を見ながら、冷や汗が止まらないのを自覚した。

そして、今、彼女はその画面を見つめながら、ふと気づいたのだ。

再生中の動画の隅に、自分の姿が映っていることに。

ベッドの上で、目を開けたまま、画面を見つめる自分。

それは、今、この瞬間の自分だった。

アプリのカメラは、今も撮影を続けている。

そして、解除履歴の画面を更新しようとタップした瞬間、新しい一行が追加された。

  • 10月19日 07:42 解除 — S

彼女が解除した覚えはない。

画面の隅に映る自分の姿は、まだベッドの上でスマホを見つめたままだった。

しかし、彼女の指は、スマホの画面から滑り落ち、床に落ちたスマホの画面には、今、自分以外の誰かが映っていた。

ベッドの足元から、ゆっくりと顔が持ち上がり、カメラ目線で笑っている。