毎晩2時、鍵が開く

僕が一人暮らしを始めたのは去年の春。東京都心から電車で40分ほどの、築20年のマンションの一室だ。静かだ。それこそが引っ越しを決めた理由だった。

引っ越し後、最も気に入ったのが玄関のスマートロックだ。指紋認証で開閉でき、スマホで遠隔操作もできる。古いカギの穴もそのまま残っており、万が一バッテリーが上がっても大丈夫なようになっている。

問題は引っ越しからちょうど1ヶ月後から始まった。

毎晩、決まって2時00分。スマホに通知が来る。

SmartLock: 玄関が解錠されました

最初は「また設定ミスか」と思った。朝まで解けっ放しなんてあり得ない。寝てしまったのかと、眠い目をこすりながら確認しても、玄関はしっかり施錠されたまま。ロックの画面には「施錠中」と表示されている。

「アプリのバグかな」

そう思い、一度アンインストールして入れ直した。それでも通知は来る。毎晩2時00分。正確すぎる。

第2週目

2回目の週に入ると、通知の内容が変わっていた。

SmartLock: 指紋認証で解錠されました - 登録指紋: 親指

親指。僕の登録指紋の名前だ。

「誰かが僕の指紋をコピーして……」

考えすぎかもしれない。でも、毎晩2時。指紋認証。登録した覚えのない指紋が、僕の指紋として認証されている。

アパートの管理人に相談した。

「スマートロックって、そういうバグあるんですか?」

管理人は少し考えてから言った。

「うちでも、去年そういう相談がありました。システム側で指紋データが混線する現象が、数件報告されていますよ」

「混線? 他人の指紋が?」

「いえ、僕も詳しくはわからないんです。メーカーに問い合わせたほうがいいかもしれませんね」

第3週目

3週目、僕は録音アプリを起動した。玄関の近くにスマホを置き、音がしないか確認する。

2時00分。

ピクリとも動かない。当然だ。画面には「施錠中」。

でも、録音ファイルを聞いて、背筋が凍った。

2時00分ちょうど。0.3秒だけ、微弱な「カチッ」という音が入っていた。スマートロックの解錠音だ。

そしてその直後、0.5秒間だけ、部屋のドアが開く風の音。

0.5秒。人間の指がドアを引くには短すぎる時間。でも、誰かが一瞬だけドアに手をかけた痕跡には十分な長さだ。

第4週目

4週目の夜、僕は寝なかった。ソファで目を覚まし、玄関を見つめながら待った。

2時00分。

スマホが震える。通知が来る。

SmartLock: 玄関が解錠されました

玄関のスマートロックのLEDが、0.5秒だけ緑に光る。

その瞬間、ドアノブが右に0.5度回った。

戻った。

でもその0.5秒の間、僕の目の前、10センチの場所で、玄関のドアが解錠されていた。

部屋の中には誰もいない。窓も施錠してある。

でも、スマートロックのログにはこう残っていた。

2026-10-29 02:00:00 解錠 - 指紋認証: 親指 2026-10-29 02:00:00 施錠

解錠と施錠が同じ秒。0.5秒で開けて閉めた。

今

僕はもう引っ越した。

でも、新しいマンションでも、同じ現象が起きた。

毎晩2時。スマートロックが解錠される。

今度は、ログに新しい指紋が登録されていた。

新規指紋登録: 人差し指

僕は人差し指を登録していない。

でも、毎晩2時、その「人差し指」で、僕の玄関の鍵が開く。


この話は、僕の知人の体験談です。名前を伏せています。