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実録。知人の話です。

東京・世田谷の一人暮らしマンションで、彼はスマートロックを導入した。指紋認証とアプリからの遠隔操作ができる、最近よく見かけるタイプのものだ。特に理由があって選んだわけではなく、ただ「鍵を無くすのが怖い」という理由で設置した。

最初の二週間は問題なかった。

三週目の土曜日の夜、彼はテレビを観ながらソファで寝てしまった。起きたのは深夜三時頃。部屋の空気がいつもと違うことに気づいた。静かすぎる。エアコンの音すら聞こえない。

スマホのスマートロックアプリを開いたら、解除履歴に違和感があった。

当日の解除履歴

  • 08:15 指紋認証(本人)
  • 18:42 アプリ解除(帰宅時)
  • 02:33 指紋認証(???)

彼はその時刻、確実に寝室で寝ていた。指紋認証なら、指を置く必要がある。寝室とリビングは十メートルほど離れている。眠ったまま指をロックに置いたという説明がつかない。

「アプリのバグだろう」と思った。次の日、知人のエンジニアに相談した。

「スマートロックのログは改ざんできないよ。クラウド側に記録が残るから」

「じゃあ、誰かが指を置いて解除したってこと?」

「いや、それよりおかしいだろ。その時間帯にクラウドにもアクセスログ残ってるか確認してみよう」

確認すると、その時間帯にアプリからのログイン試行記録が三回残っていた。すべて失敗。でも解除履歴には「指紋認証」と出ている。

彼はアプリのログをさらに詳しく見た。解除方法が「指紋認証」になっている部分に、小さな疑問が残った。

指紋認証の解除には、通常、ロック本体に指を当てる動作が必要だ。でもロック本体のログには、その時間帯の指紋認証記録が残っていない。

クラウドとロック本体のログが食い違っている。

次の夜、彼はわざと寝室で寝ふりをした。スマホを枕元に置き、スマートロックアプリのリアルタイム通知をオンにした。

夜中二時四十七分。

スマホが振動した。

「玄関のスマートロックが解除されました」

彼はスマホのカメラアプリを起動し、暗闇の中でリビングの方向へ向けようとした。画面の光が、部屋の隅にある鏡に反射する。

鏡の中に、玄関のドアの隙間から、足が見えた。

人型の影が、玄関に立っている。

解除されたのは、その影が指をロックに置いたからではない。

影が、ドアを開けたからだった。

彼は動けなかった。スマホの画面を見つめたまま、玄関のドアが開く音が聞こえた。足音が、ゆっくりと部屋の中へ近づいてくる。

そして、彼の枕元で音が止まった。

次の日、彼は友人に家を空けていて、大家さんに点検を依頼した。大家さんが部屋に入ったら、玄関のドアは施錠されていた。でも、ドアの下の隙間から、大量の埃が押し出されていた。

「このマンション、下階との間に隙間があるんだっけ?」

「ああ、古い構造だからね。でもそんな大きな物が通れるわけないよ」

大家さんの言葉に、彼は後から気づいた。

その夜、彼が寝ていた間に、スマートロックが解除されたのは、指紋認証でも、アプリでもなかったということに。

ドアそのものが、外から開けられたのだ。

そして、その影が、部屋の中にいたという事実を、彼が「見てしまった」こと。

今も彼は、スマートロックの解除履歴を毎日確認している。

昨日の履歴にも、気になる記録が追加されていた。

03:47 指紋認証(本人)

彼は、その時刻に指をロックに当ててなどいない。