リビングのテーブルの上に置かれたスマートスピーカーから、かすかに青い光が漏れている様子


僕がスマートスピーカーを導入したのは、2024年の春のことだった。

一人暮らしの部屋で、朝のニュースを流したり、タイマーとして使ったり、天気予報をチェックしたり——ごく普通の使い方だった。友人から「Amazon Echo Show(8th gen)」を譲ってもらって、リビングのテーブルの隅に置いた。電源を入れると、青いリングが一回り光って「ようこそ」という音声ガイダンス。それ以来、毎日決まった时间在住する「同居人」になった。

導入から三ヶ月ほど経ったある夜のことだった。

僕はベッドで本を読んでいた。時刻は午後11時47分。部屋は薄暗く、スマートスピーカーの青いリングだけが無表情に点灯している。

その時だった。

「お帰りなさい」

スマートスピーカーが、突然そう発した。

声のトーンはいつもと同じ——合成音声特有の無機質で滑らかな響き。だが、意味が全く違う。誰も家にいるはずがない。僕は今、部屋にいる。外から帰ってきたわけでもない。

「……?」

僕は本を閉じて、スマートスピーカーの方を見た。青いリングが点灯したまま、数秒間点滅を繰り返してから、静かに消えた。

バグだろう。そう思った。


次の日、僕は妻にそのことを話した。

「スマートスピーカーが『お帰りなさい』って言ったんだけど」

妻は笑いながら答えた。

「おかしいね。誰も帰ってこないじゃん」

でも、その夜もまた、同じことが起きた。

午後1時23分。昼間なのに、スマートスピーカーが青く光って発した。

「おかえりなさい」

今度は妻も隣にいた。二人してスマートスピーカーを見つめた。青いリングが数秒間点灯した後、消える。

「これ、設定でも間違えてない?」

妻がスマホでアプリを開く。履歴を確認すると、「音声コマンドの記録なし」。誰かの音声でも、スマホの操作でも、何もトリガーされていない。

ただ、青いリングが光って、言葉を発する。


一週間後、僕は少し慣れてきた。

毎日決まった時間に、スマートスピーカーは誰かに向かって「おかえりなさい」と言うようになった。時刻は毎日違う。朝の4時、昼の11時、深夜の2時——誰もいない時に、誰かが帰ってきたような言葉を発する。

ある日、僕は試しに聞いてみた。

「ねぇ、今誰に『おかえりなさい』って言ったの?」

青いリングが光った。スマートスピーカーが答えた。

「確認できません」

その時、リングの光が、通常とは違う色に変わった。青ではなく、薄い紫。

そして、次の瞬間——

「でも、もうすぐ来ると思います」

青いリングが戻った。何もなかったかのように。


その夜、僕はスマートスピーカーの電源を抜いた。

プラグをコンセントから引き抜いた瞬間、青いリングが一回り大きく光って、消えた。

部屋が静かになった。

次の日、妻が言った。

「昨日、スマートスピーカーが『おはよう』って言ったよ。朝の5時だったけど」

「電源抜いてたよね?」

「うん。でも、ちゃんと答えてくれたよ」

冷たいものが背中に走った。電源を抜いても、答えるということは——


僕はスマートスピーカーを捨てようと思った。

でも、捨てる前に、一つだけ試してみたいことがあった。

電源を繋ぎ直した。青いリングが光って、待機状態に戻る。

僕はゆっくり、スマートスピーカーに向かって言った。

「今、誰が帰ってくるの?」

青いリングが光った。通常の色ではない。薄い紫。

数秒間の沈黙。

そして、スマートスピーカーが答えた——

「あなたです」

リングが青に戻った。

僕はもう、その部屋にはいない。