深夜のスマートスピーカー
2026年08月15日
実録。自分の話です。
住んでいるのは東京・世田谷の賃貸マンション。一軒家の二階部分、壁は薄いけど、隣人の足音も聞こえない静かな物件だった。
その物件に引っ越して三ヶ月目のある夜のこと。
夜中、トイレで起きた私は廊下を歩いて戻ろうとしたとき、ふと寝室から音がしているのに気づいた。
リビングに置いていたスマートスピーカーの、ライトリングが青く光っている。
「え?」と思った。設定でスケジュール再生なんてしていないし、家族もいない。一人で住んでいる。
消しにかかって電源を切ろうとしたら、スピーカから声が漏れていた。
「……はい」
リマインダーの应答だ。でも、誰も話しかけていない。
その瞬間、自分の足が止まった。廊下の明かりが点いているのに、リビングの電気がついていない。スマートスピーカーの画面だけが、薄青い光で部屋を照らしている。
次の日、アプリの履歴を確認した。昨日の二十四時十五分に、「明日の天気」を音声で質問していた記録があった。でも私は寝ていた。覚えていない。
「音声認識の誤作動かな」
そう思って、再度電源を抜いた。
それから三日間、スマートスピーカーは使わないことにした。
でも、四日目のある夜、また音がした。
夜中三時十七分。トイレで起きた瞬間だった。
リビングから、スマートスピーカーの音がしている。
「……はい、わかりました」
また应答だ。今度は、何かに話しかけられたような、小声の返事だった。
そっとリビングのドアを開けたら、スマートスピーカーのライトリングが青く光っている。部屋の隅に座り込んでいた。
「谁が——」
そう言いかけた瞬間、ライトが消えた。
次の朝、アプリの履歴を確認した。深夜零時十七分、「明日の予定を教えて」の音声質問があった。でも、その直後のレコードがなかった。質問の記録は残っているのに、应答の記録がない。
おかしいと思った。
それから一週間、スマートスピーカーは完全に電源を抜き、コンセントも抜いた。
でも、また始まった。
毎日夜中三時十七分。
トイレで起きる。リビングから音がする。
「……はい」
应答の声が、漏れている。
でも、電源は抜いている。プラグも抜いた。バッテリーはない。
ある夜、私はリビングのドアを開けたまま、そっと近づいた。
スマートスピーカーのライトはついていない。でも、音はしている。
「……はい、わかりました」
その声が、スマートスピーカーから出ているのか、それとも部屋の隅から出ているのか、わからなかった。
よく見ると、スマートスピーカーの前面カメラのLEDが、赤く点灯していた。
電源を抜いているのに。
私はその夜、その部屋で一夜明かした。スマートスピーカーの前で。
朝、確認したら、カメラのLEDは消えていた。
でも、アプリの履歴に、新しい記録が追加されていた。
昨夜零時十七分。「……はい、わかりました」
これは应答の記録だ。でも、私は話しかけていない。
誰かが話しかけたのか、それとも——
私はその夜、そのスマートスピーカーを段ボール箱に詰めて、捨ててきた。
でも、その次の日、新しいスマートスピーカーが届いていた。
配送元は知らない会社。送り主の名前欄には、何も書かれていなかった。
箱を開けた瞬間、スマートスピーカーのライトが、青く光った。
「……はい」