実は先週のこーと。友人のA子(28、会社員)の話なんだけど、今でも電話で話すと声が震えるんだよね。

A子は一人暮らしで、一軒家の二階に住んでいる。去年の末に新型のスマートロック——指紋とパスワードとアプリの三要素認証——を取り付けたばかりだった。便利だと思ってた。外から鍵をかけたり開けたりできるし、宅配便のタイミングで一時的なパスワードも発行できる。

「とにかく便利だったんだよ。もう鍵を紛失する心配もないし、指紋一つで開くから荷物抱えてても楽だった」

そう言って笑うA子だったが、その便利さが恐怖の入り口だった。

ある深夜、二時頃。

A子はふと目を覚ました。

寝室は静かだ。でも、おかしい。

玄関の方から、かすかに「カチッ」という音がした。

スマートロックが解錠される音だ。

「…………え?」

A子はベッドで固まった。心臓が早鐘を打つ。誰も帰ってくるはずがない。家族は皆、実家にいる。ペットもいない。一人暮らしだ。

音はもう一度した。

「カチッ……ゴトッ」

解錠してから、ドアが開く音。

A子は息を止めた。スマホのライトを点けて、寝室のドアを開ける。

廊下が伸びている。階段がある。玄関のドアは、開いたままだった。

「…………」

凍りつくような冷気が、足元から上ってくる。

スマホのスマートロックアプリを開く。解錠履歴を確認する。

——解錠時刻:02:14 ——認証方法:指紋認証 ——認証者:(A子自身の指紋登録名)

「ありえない」

A子の指紋で解錠された、ということだ。

でもA子は寝室で寝ていた。指紋を触ったのは誰だ。

翌朝、A子は警察を呼んだ。侵入の疑いで。

警察が現場を調べても、窓ガラスは割れていない。別の入り口からの侵入の形跡もない。

「…………指紋認証での解錠、ってことですよね。本人以外では開かないはずですけど」

「でも私は寝ていました!寝てたんです!」

警察官は苦笑いして、こう言った。

「指紋認証が偽装されることは、理論的にはあり得ます。高品質な指紋コピーを使えば……」

「指紋コピー……?」

「あなたの指紋がどこかで漏れた可能性はあります。スマホのロック画面の指紋、よく見てください」

A子がスマホのロック画面を見た瞬間、背筋が凍った。

指紋認証のアイコン——あの円形のマーク——の中心に、かすかに、別の指紋の痕が重なって映っている。

まるで、誰かがA子の指紋をなぞってコピーしたような跡が。

「…………」

A子はスマホを握りしめた。

そして、その夜、また「カチッ」という音がした。

二時十四分。

スマートロックが解錠される音。

A子はスマホのアプリを開いた。

——解錠時刻:02:14 ——認証方法:指紋認証 ——認証者:(A子自身の指紋登録名)

「また……?」

そして、玄関のドアがゆっくりと開く。

廊下の明かりが、一つずつ、消えていく。

A子は気づいた。

このスマートロックの「指紋認証」は、A子の指紋を登録している。

でも、その指紋データは、スマートロックのサーバーに保存されている。

サーバーがハッキングされたら——。

指紋データが抜かれたら——。

誰かが、A子の指紋をコピーして、同じロックを開けることができる——。

「…………」

A子の家の玄関のドアは、完全に開いた。

外は暗い。

でも、ドアの前に、誰かの足元が立っていた。

靴の先が、階段の一段目を踏んでいる。

ゆっくりと、上に向かって、上がってくる。

A子はスマホで動画を撮った。

次の日、動画を確認すると、廊下の隅に、かすかな影が写っていた。

人間の影だ。

でも、その影は、A子の影ではなかった。

A子は一人暮らしだ。

誰かの影が、自分の家の中にいる。

今も、どこかで、A子の指紋データを使って、鍵が開かれる可能性がある。

A子は先日、新しいスマートロックに取り替えた。

でも、新しいロックの設置時に、また指紋を登録した。

その指紋データも、またサーバーに保存される。

「…………」

A子が涙を浮かべて、こう言った。

「指紋って、触れただけでコピーできるんだって。スマホの画面に指を置くたびに、誰かが指紋を盗んでいるかもしれないって」

「…………」

「もう、スマホも触れない」

「…………」

「だって、指紋で開く鍵なんて、もう怖くて」


smartlock horror illustration

あなたの家にも、指紋認証の鍵はないですか。

その指紋、誰かにコピーされていないか、少しだけ、考えてみてください。