24時間自習室の予約システムに、私の名前が登録されていた
2026年09月03日
大学四年の冬、私はある24時間自習室をよく利用していた。
場所は都内某所の、地下にあり入り口もわかりにくい場所だ。月額三千八百円で、コンセント完備、WiFiも速い。受験生やフリーター、深夜まで働く人まで、様々な人が訪れる。私は毎週月曜から金曜の深夜二時から朝六時まで、決まってA-14番の席に座っていた。窓のない部屋だが、静かで集中できる。
ある金曜の夜、いつものように予約アプリを開くと、A-14番が「すでに予約済み」と表示されていた。
「え、でも今日私が予約したはずなのに」
アプリを再起動しても、再ログインしても同じだった。深夜二時過ぎ。他には空いている席が少なく、仕方なく三階の別フロアにあるB-07番を予約して席に着いた。
BフロアはAフロアより少し古い。換気がやや悪く、エアコンの音も気になる。でも疲れていたから、特に気にせずノートを開いた。
その時、ふと気づいた。
隣の席に、誰かが座っている気配がする。
息遣い。ページをめくる音。ペンが紙を走る音。
振り返ると、隣には誰もいない。
「……はあ」
そう言って、私は自分の席に戻ろうとした。でも、予約アプリを確認すると、B-07番は「予約済み」になっている。私が今座っている席が、自分では予約していないのに。
「おかしいな」
もう一度アプリを開き直すと、B-07番の予約者名欄に、何やら文字が浮かんでいた。
私の名前。
フルネーム。生年月日。大学の名前。
「このアプリ、個人情報入力いらないはずなのに」
指が震えた。画面を消して、もう一度つけた。名前欄は空欄に戻っていた。
「気のせいだろう」
そう自分に言い聞かせて、勉強を続けた。でも、隣の席からの音が止まらない。ページをめくる音。ペンを置く音。息遣い。
三十分立ったか、一時間立ったか。ふと、音が消えた。
静かになった。
そして、アプリの画面が自動で切り替わった。
予約完了画面。
予約者名:私の名前。
予約席:A-14番。
予約日時:昨日の夜十一時四十七分。
私は昨日の夜十一時四十七分には、もう寝ていた。スマホの睡眠モードがそれを証明している。
画面を閉じた。閉じたはずだ。でも、次の瞬間、また同じ画面が開いていた。
閉じる。開く。閉じる。開く。
手が震えて、アプリを閉じることができない。
その時、背後から、ページをめくる音が聞こえた。
振り返った。いない。
もう一度振り返った。いない。
三度振り返った。
A-14番の席に、誰かが座っていた。
背中を向けて、ノートに何かを書いている。その人の髪型、服、姿勢。
すべて、私にそっくりだった。
「…………」
声が出なかった。
その人がゆっくりと向き直った。
顔は見えない。暗くて、画面の光が顔を照らしているから、顔の部分は黒く影になっている。
でも、口元だけは見て取れた。
その人が、ゆっくりと笑っている。
そして、ノートに何かを書き始めた。ペンを走らせる音。紙を擦る音。
書き終えると、その人が私の方へノートを向けた。
画面に映ったノートの内容。
「次はあなたの番です。」
その瞬間、自習室の照明がすべて消えた。
誰かが叫んだ。誰かが駆け出した。でも、その声は私には聞こえなかった。聞こえなかったのではなく、私が聞こえられなかっただけかもしれない。
暗闇の中で、私の背後から、ページをめくる音が聞こえた。
次の日、私は予約アプリを開いた。
A-14番が「予約済み」。
B-07番が「予約済み」。
そして、予約システムにログインできない。
「パスワードが間違っています。」
私のアカウントが、存在しなくなっていた。
その後も、何度パスワードをリセットしようと試みたが、エラーが出るばかりだった。
最後に確認した予約履歴の画面には、一つだけ予約が残っていた。
予約者名:私の名前。
予約席:A-14番。
予約日時:明日の夜十一時四十七分。
今、私はこの文章を書いている。
手元にあるのは、紙に印刷した予約履歴のスクリーンショットだ。
背後から、ページをめくる音が聞こえる。
もう、振り返らない。