暗い廊下が奥まで伸びている。右手の壁に一つだけ開いた窓があり、その向こうに人の顔がぼんやりと浮かんでいるように見える。画面下部の床には長い影が一本引かれている

1.

四階の人、引っ越してきたのは去年十一月だったと思う。季節感として覚えてる。

大家さんの伝えた話では「一人暮らしの女性。名前を聞くのを忘れた」とのこと。私は三階なのでエレベーターで出会った記憶がなく、廊下ですれ違う機会もなかったらしい。「静か」なのは、見えない人には一番いいことだった。

2.

五月のある日、私の部屋から見える庭にゴミ捨て用ゴミ箱が二つ増えているのを確認した。一つに「四階」と書かれていた字があった。しかし四階は私が入ってきた頃から「空室」として管理されており、大家さんは何度か「入居希望者が見つかったので」と笑っていた。

その日だけ、窓の網戸が開いていた。風はなく、ただ開いていただけだ。

3.

六月五日午前二時十七分過ぎに目覚めた。猫が鳴いている。四階方向からではなく私の部屋の外。廊下をゆっくりと誰かが歩く音がした。靴音ではない。裸足かスリッパの裏面が床に触れる音だ。止まない。三十一分間止まず、その後「ガタン」という音がして沈黙した。

次の朝、四階のドアのノブに水滴がついていて、手探りだったとしか思えない触れていた跡が残っている。

4.

八月に入ってから二階の女性が話しかけてきた。「すみません、ちょっと聞きたいんですけど」。廊下で出会った。彼女は「四階の方って夜中に出歩いているようです」と述べた。その時私は「空室じゃなかった?」と聞き返した。彼女は「ええ? 去年入ったじゃないですか……」と返答したが、大家さんはこの時既にその部屋の住人不明を事務的に報告済みだったと後に判明する。

5.

九月十二日付けの防犯カメラの写真三枚が私の手元にあるのは偶然だ。階段下の隅に設置されたもので、本来「四階方面」は見られないはずだった。しかし写真には、四階のドアの前に立っている人物の後ろ姿が写っていた。顔は確認できなかったが、その人物の右手から細く長い影が床まで伸びていて、まるでその場所にいる本人が床に溶けているように見えた。

この写真は二枚の同じ場所・同じ時刻の写真だった。違いは一つだけ。一枚では人影がいたのに、もう一枚でいなかった。ただし写真のタイムスタンプは全く同じであった。

6.

十月一日深夜、私の部屋から「四階」という言葉を書いた封筒を拾った。中味はない。封筒の裏側の隅に「見えてしまう」と一文字だけ書かれていた。筆跡は均等だった。誰が書いたのか判別できなかった。

7.

最近では夜中の廊下に出る回数が減っている。窓も閉めっぱなし。

しかし毎日朝、必ず四階のドアの前に小さなものが一つ置かれているのは変わらない。石ころ、紐、紙くず。「もう何もない」と大家さんが言っていたので信じたい。でも信じられないのは私のせいかもしれない。

8.

先日の夜中にまた目覚めた。外に誰かがいて、私のドアを指で叩いている音だった。三発で止んだ。窓の方から、何か柔らかいものの接触音がしたような気がして目を凝らしたが、何もなかった。

次の日、大家さん曰く「四階には入居者はいません」。

でも昨夜の音は確かにあった。私はまだ信じている。


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