逆転の時
2026年07月18日
認知症の妻が介護施設に入った。まだ50代前半なのに、症状が進むのが速すぎたらしい。医者は「早期型アルツハイマー」と言っていた。
私は毎日通うことにした。「父も母も遠くて、夫しかいないからさ」みたいなことを看護師にも言われた。仕方ないだろう。18年一緒に生きてきたんだ。
施設は県外だった。最寄駅からも30分バスで乗って、細い坂道の途中にあったレンガ色の建物。入り口には「桜ヶ丘介護療養施設」と書かれた看板が立っていて、その横には大きな桜の木が植えられていた。
初日の受付室で看護師の女性の話を聞いたとき、私は少し違和感を覚えた。
30代半ばくらいの女性で、笑顔がものすごく丁寧だった。「旦那様はお越しいただいてありがとうございます。ではお母さんとお過ごしくださいませ」。その時まで「妻」と呼んでいたのが、「お母さん」に変わった瞬間があった。私が訂正する前に彼女はもう部屋へと向かっていて、私も 뒤を追った。
妻の部屋は4階の奥にあった。名札には「松原 幸枝(70)」と書いてあった。本当なら52歳のはずだ。私はその間違いを看護師に指摘したかったが、妻はまだ起きていたし、先に面会を進めた方がいいだろうと思った。
妻の様子はおかしかった。
「……夫?」
「あー、また呼ぶ。私まだ若いってば」
妻はテレビに向かって話しかけていた。画面には朝のニュースが映っている。彼女はそのニュースキャスターの名前を「さん」と付けずに呼んでいた。まるで昔からの知り合いのように自然に。
「昨夜の話だけど……そういえば」「昨日の話?」と聞くと、「いや、先週だっけ? いや、もう数日前だったかな」。妻の時間の感覚は、私がかつて一緒にいたときのものとは根本的に違うところで回転していた。
ある日の話。
妻が突然叫んだ。「待ってよ! もう行くのはやだよ!」。私は慌てて部屋に入った瞬間、妻はベッドの上をびくびく震わせながら枕をかきむしっていた。窓から見える景色に目を凝らし「あそこで待ってる」なんて呟いていた。
窓の外には桜の木があった。枝が風に揺れていて、白い花弁のようなものが舞い散っているように見えた。しかし季節は4月だった。満開ではあるけれど、そんなに見上げる角度でなかった。
その日から私は気づいた。妻の「過去の時間」というのは、単に混乱しているのではなく……どこかで固定されているのだという仮説を。
ある日は中学生の頃の話をして、別の日は新婚時代の台詞を繰り返し(でも新しい部分も混ざっていて)、さらに別の日は……もっと後の話すらしている。そのうち、私は恐怖をおぼえるようになってきた。
妻は「未来」という時間の概念を失いつつあるのではないかという疑い。
それは4月のある日のことだった。 テレビでは5月28日が放送されていた。
その朝、夫のふりをして現れた男の話について語った。「あの時、駅で迷子になってて……」「もう、あんた本当に困った人よ」なんて笑って言ったのだ。テレビでは「男性が駅で所在不明を届け出」。私は息を呑んだ。
その数日後、妻は言った。「昨夜のニュース見た? 事故だったのね……怖いものだわ」。夫のふりをして現れた男の車とトラックの衝突事故についてだと言って。しかし、事故が起きたのは翌日だったという。
夫である自分が「今ここにいる」ことを証明しようとして、私は必死に話しかけた。「今、私はここにいますよ、幸枝。昨日のニュースじゃなくて、今日の話ですよ」。妻は少し困惑した顔をして「……今日? いやもう数日後かもね」と言った。
ある夜のことだった。 施設を後にしてから数時間が経った頃。スマホを見たら、朝8時に見たはずのメッセージが10件の更新通知があったのだ。夫である自分の名前で送られたメッセージの送信日時が、次の日から未来になっていた。
妻からの連絡はなかった。ただ、施設のLINEグループに投稿された写真の中に、私が見慣れていない風景が写っていた。桜の木の下で微笑む妻の写真——季節はずれのピンクの花弁が舞う背景だ。
写真の右下、撮影時刻に表示されるタイムスタンプが「7/15」。今日から一週間後だった。しかしその日に妻は、朝一番で退院してしまったと施設から連絡があった。夫である自分が迎えに行ったという内容。
私はその電話を取った瞬間、胸に鈍い衝撃が走った。 写真で咲いていた桜の木が、実はあの施設の敷地内にあるものだとしたら……そしてその木の下で妻が笑っているとしたら、今写っていたのならば? それは単なる誤りではないのか——妻がまだ「自分自身の現在」を保てているうちに撮られた最後の一枚なのか?
それから数日後。 施設から電話がかかってきた。「お母さんは朝に、もう帰るって言って。車で出ていったんだけど……旦那様、今どこですか?」と看護師の女性が言った。彼女は私の夫だと思っているようだった。
「私は今……家にいるよ」なんて嘘をついた。その時、枕元に置いた妻からのメッセージが届いていた。「また明日ね」。その送信時刻が、私が見たはずのない「未来の時間」を示していたのだ——そして妻はすでに施設を出てしまっていたというのだから。もう遅い。
「もう遅いです……」って私は呟いて、スマホのカメラを撮った。すると画面に映った桜の木の下には、ただの枯れ木が写っていた。枝先で風に揺れる葉っぱのない一本だけだった。しかし妻が最後に笑った写真は、満開の桜の下だったのだ——あの撮影時刻が示すその日に撮られたはずの一枚は、もう撮られなかった。
私は電話をかけた。「もう一度……もう一度だけ、写真を見せてくれないですか? 退院する前に」なんて言うと、看護師の女性は「今、撮られたのは昨日の夜なんだけど」と言った。そして別の質問もした。
「お母さんはもう帰ったはずなのに……。旦那様はもう迎えに行ったんですか?」 私は答えた。「……行っていませんよ」。
その瞬間、妻からのLINEグループに投稿された最新の写真のタイムスタンプが更新されたのだ。撮影時刻が7月12日——今日だった。しかし桜の木が写っていた場所には、今、私が見ていた枯れ木があったはずだ。なのに写真は満開の桜の下を映していた。
「……何で?」と看護師に聞けば、「お母さんが帰る前に撮ったんですよ」。そう言って笑っている。「もう大丈夫だなんて」みたいに。
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