許容未満の部屋
2026年07月20日
令和6年10月末 — 区建築物課・建築確認検査官・Hによる現地検査記録抄録より
本件は、工業地域にある旧倉庫を改装したテックスタートアップ事務所への定期点検から始まった。敷地面積240平方メートル、延床面積126平方メートルという申請通りと見えた建物を検査官が現場に立ったのは、確認済証交付後9ヶ月経過した時期である。
第一発見:階段部分の寸法不適合
3階からの降下経路を測定した際、勾配角が建築基準法上の「15°以上25°以下」「水平投影長さ0.3m未満」の規定に抵触することを確認。しかし実測値は 23.7° であり、許容範囲の直上・下境界線上にあるため、「誤差範囲」として見逃されそうな状態だった。「誤差」と断じるには0.3度違いすぎると感じた検査官が再度定規を当てたとき、異変に気づいた。
階段の手すりを引っぱり上げると、金属製の手すり支柱の断面は実測値と矛盾していた。設計図では6mm厚板金だったが実際は12mm厚。つまりこの「階段」は元々ここには無かったはずの一物だった——いや、階段そのものはあった。手前に見えていたのが「見せるための外装版」。
第二発見:給排水管の痕跡矛盾
排水ピット開封後の記録より。配管経路が設計図上1箇所にあるところを、現場には3つのルートが確認されたこと。1つは元の設備配管。2つ目は「新しい設備増設に伴う分岐」と称されたもの。3つ目——この3つ目の配管に至っては、壁の中の構造材と交差しており設計者にしか見えないはずの配管だった。
壁を割ると露出した配管径は設計図と異なる。寸法不一致が計8箇所存在する理由についての質問に対し、施工者は「変更申請の手続き遅れによる既設作業」と回答したが、これは法令違反の「無届工事」に相当する。
第三発見:避難経路の不在
非常口から25m以上先の廊下に達した時点で、防火シャッターが設置された箇所にたどり着かなかった。計画上必要だった避難誘導灯7箇所は3箇所しか確認できず、うち1箇所はテストボタンを押しても点灯しなかったため、電源断または回路断であると推定される。
第四発見:存在しない部屋番号
検査官自身の調査メモに次の事実が記録されている:
「4階のプラン上5号室は計画面積と実測面積が32平方センチ異なる。この違いは壁面厚さや梁位置では説明つかない。しかし、同建物の全フロア図面と現地照合の結果、同じような数センチずれた壁面配置が他の階段部分にも見つかり——最終的に4階の5号室だけ『存在しない』という結論に至った」
建築確認検査官H氏は報告書の補足欄にこう綴っている:「5号室は実測すると32平方センチも大きい。しかし設計図上の5号室よりも約0.1坪小さい。その分どこに行ってしまったのか?」
結論
現場検査記録では以下の項目が不合格と判定:
- 階段勾配不適合(法違反)
- 無届工事による構造変更(刑罰の対象の可能性)
- 非常口設置義務不履行
- 面積報告誤り(虚偽申請に該当する疑いあり)
ただし、H氏の手記には次の一文が追記されている:
「最終的に4階5号室の壁を測定し終えた時点で、その部屋は『設計図上は32平方センチ小さい方へ』に位置していた。つまり——この数字は嘘ではない。この建物の中に、設計図に載っていない別の寸法を持つもう一枚の部屋があるのだ」
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