黒い金属製の大型リールが三台、壁面にはんだ付けされたように並んでいる。配線はすべて右手側の端子に集中し、左から二番目のテープのみがわずかに歪んで回転している様子

「録音媒体が記録しない情報を、媒体は記録していることがある。」 —— NHK放送博物館 資料分類要覧(改訂4.2)第7条


私が異動になったのはNHKの音声アーカイブ室、通称「磁気棟」と呼ばれる地下二階の一室だった。定年退職者の挨拶用テープ一万本をデジタル化する業務が主だ。平日午後八時からは一人で作業する。

一月目も終わろうとした頃のことだ。1978年4月に録音されたとされる放送局内の日常音コレクションNo.2463を再生し始めた。ノイズだらけのアナログテープで、まず頭に出てくるのは1970年代の事務室にあるべき日常的な環境音だ。タイプライター、電話ベル、コップが机に置かれる音。

しかし第四十五秒に、その中に一つだけ「違う」音が入っていた。椅子が引く音——それから、男性の声で、「もう一つ撮ってください」などと、とても自然な口調でしゃべっている。録音日時を記録したメモには午後14時32分~15時07分の収録とある。

しかしNHK放送局の午後二時半頃は取材班が外出する時間だ。カメラマンも記者も原則全員不在になる。

その日から、私は毎日No.2463のみを再生し続けた。すると第二十六回目に気づいた。そのテープには「第四十五秒」より前に——つまり「午前十一時十七分」と記録されている時間の部分に——同じ男性の別の声が収録されていた。今回はカメラマンのシャッター音と同時に、はっきりとその男が呟くのが聴こえるのだ。

「……おいでください、また今日も撮っていますよ。」

私は直ちに上司である主任技術者に報告した。その男性は現役時代から十年以上前に退職していることが明瞭だった。テープ番号No.2463の保管棚にも、他の何本かと同様に小さなカードが刺さっていた。カードにはこの男の名前と所属、録音日時の他に、一言だけ追記されていた。「※音声確認済」

その男の声は、十年以上前の機械を通過してもなお、今日私がいる場所の「音」として記録され続けており、しかもそれが現実にあるはずのない時間に収録されている。テープという媒体が「記録しなかった時間」で、私に語りかけているのだ。


「その男の名前は?」と後日、新人の調査員がインタビューに来たとき、主任技術者はこう言った。「名乗りたくないんですか?」と問われた私は、「……あの男の名前を聴くと、録音されている時間が『もう一つ』増えてしまうような気がして」と正直に答えた。するとその瞬間、部屋の中でNHKアーカイブ室の全スピーカーから同時に、まるでラジオから流出したかのように1978年の放送局の環境音が流れ始めた。それはちょうど第四十五秒付近のテープの内容と同一だった。

「録音は、記録しなかったものも記録しているよ」 —— 主任技術者A(退職前)インタビュー抄録(回収文書№142-B)


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