消えた郵便受け
2026年07月28日
再配達の理由は一つではなかった。ある日は「受取人の確認が取れず」、別の日は「敷居が不明」「建物の壁にポスト番号が見当たらない」——そうしてまた別の日に「ご家族全員外出中でございまして」という定型文句が続いた。
東京23区内のある集合住宅で、再配達件数が一ヶ月で十三件。他の建物ではせいぜい三件ほどのものだった。
廊下部分と部屋の境界線が不明瞭に見える
配達業者の田中誠三(58)は「普段からこういう住所はないよな」と呟いていた。だが彼の記録簿に書かれた住所には問題があった:「東京都〇〇区△丁目 12-7」——同じ階数・部屋番号が、隣接する建物と全く一致していたのだ。
【第1回 現場確認メモ / 再配達担当】 以下は配達記録簿の抜粋。一部改変あり。
4月3日(火) 「△丁目12-7:受取人不在。敷居にポスト番号なし。」 4月5日(木) 「住所不明。建物壁面に表示なし。」 4月6日(金) 「再配達予約済み。ただし敷地境界線不鮮明。」 4月9日(月) 「確認したところ同階12-5番地、12-7番地の間には廊下のみで室なし。表示されているのは『集合住宅△丁目ビル』の看板一枚。」
【第2回 近隣住民への聞き取り / 4/6】
同じビルに住むAさん(40代男性): 「はい、私も困っています。毎週水曜と金曜に宅配業者が来ますが、『また再配達?』って聞くんです。大家さんは『そんな部屋ないよ’って言いますし。」
Bさん(20代女性・自営業):「いやぁ……私だけかもしれないけど、最近ずっと同じ名前で届くんですよ。『田中さ~ん』ってポストに入れるんです。でも私の苗字は違うんですよね。配達業者も気付いていないみたいです」
【第3回 警察への通報 / 4/7】
田中(業者): 「私はただの再配達の依頼を受諾してるだけですけど、最近おかしいなと思って……『住所にポストがない』ってのは、本来は郵便物が届かないはずです。」
署員:「ではなぜ毎回届くんです?」
田中:「……それがわからないんですよ。でも不思議なのが、『その住所には誰かが住んでいること』を配達システム側が完全に認識していて、私への指示に『通常通りお届け下さい’って出てるんですよねぇ。まるで私が届けていないかのような記録。」
【第4回 建築確認調査】
建物の設計資料と建築届出を確認したところ、「△丁目12-7番地」は建築図面上存在しているはずだった——しかし実際にその位置にあったはずの部分には壁が張り巡らされ、廊下として扱われており「部屋としては認識されていない」という状況。
設計図上の 12-7 を示す矢印の先には、何もないはずなのに、配達の指示システムでは「室が存在し、居住者が日常的に荷物を送受信している」データが蓄積されている。
郵便物は毎日来る。しかしその住所から「出た」という記録は一度も存在したことはない。配達業者の目には、まるでその部屋に住む誰かが毎日大量の物を送り受け取っているかのように見える。
ただし田中誠三が確認していなかったことがある:彼は「この住所は何度も再配達されてきたが、実際に『受取人を名乗る者’を見た事がない」という記録を提出した直後から、自分の名前宛てに届く荷物が突然増えたのだと報告している。
そして彼は現在、その建物に住むようになったとされる。