祖母の通う介護施設を初めて訪ねたのは、建物の半分が更地になっていた月だった。

「解体工事中だから、別棟から連れて来る」と受付のおばさんは平然と説明した。私は納得できた。

でも祖母は首を振った。「いいわよ、自分の部屋に待ってて」

彼女は別の廊下へ歩き始めたので、追いかけた。

同じ階だと彼女が言ったのに、階段を下りずに一直線に廊下を進み始めたのだ。壁の番号を読んでみると 201、202、203——次の部屋は 205 だった。どこかに 204 があるはずなのに、その位置には窓しかなく、外の更地がぼんやりと見えた。

「ここから先はないよ」

「ええ、そうね」と祖母は無造作に言ったまま、その壁の隅にある引き戸を押した。押すまで存在しない扉が開き、奥に別の廊下が見えた。番号札はなく、蛍光灯だけが微かに光っていて、何かの液体が床を伝う音だけが聞こえる。

階段の手すりの向こうに見える解体現場

夜中の廊下の静寂

祖母が引き戸の先に住んでいると私は思った。彼女はもう戻ってこなかった。

その頃には施設は完全に運営停止していた——受付も看護師の声さえなく、エレベーターも止まっていた。祖母の部屋があるはずの階まで階段で上っても、ただの未完成の空間で、壁に穴が開いているだけだった。

でも廊下を進もうとすると何かが向こう側から押されていたんだ。手紙が滑り込んだ。封筒には祖母の名前だけでなく私の名前も宛名として書いてあって、切手が貼ってあった。しかし投函記録がどこにも残っていない——施設が閉鎖された日に発送されるはずの郵便物が私に届いたのだ。

「もう引っ越したから」

手紙はそう言っていたが、祖母の場所を特定する住所すら書いていなかった。「この先ずっといる」とだけ。その言葉には未来形も過去形もない。彼女は今ここにいるのではなく、どこか永遠に存在し続ける場所に収容されたようだった。

空き地を見下ろす高層ビルの窓

解体予定地の写真——祖母の部屋があったはずの場所

母が最後に「もう見に来なくていい」と伝えた時、施設の向こう側に解体されたはずの壁に、誰かが古い鍵穴を再び埋め戻した痕跡を見てしまった——祖母が見たかった部屋の鍵は、もう存在しない壁の中に封印されたままだった。

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